城下町の中心地にほど近い住宅街に、一際大きな邸宅があった。

「エレノア、あれが俺んちだよ!」
「わあ〜、おっきいねえ」
「おー、さすがサンダース商会」

 エレノアとサミュが馬車の窓から感嘆の声を出すと、マルシャは得意気にふふん、と鼻を鳴らした。

「ようこそいらっしゃいました!」

 馬車から降り、玄関にたどり着くと、マルシャの父親が手をこまねきながらエレノアたちを歓迎した。

 マルシャと同じ茶色のくせ毛に、小柄な男性。大きな商会の主にしては、派手さは無く、控えめだ。

「父ちゃん! 母ちゃんは?」
「客間で準備しているよ。さあ、お客様をご案内して?」
「うん! エレノア、こっち!」

 父親に会釈をすると、エレノアはマルシャに手を引かれ、奥へと進んだ。それを追いかけるようにエマとサミュも続く。

「母ちゃん!」

 マルシャに手を引かれ、客間に入ると、そこには優しそうな女性が立っていた。マルシャの母親だ。

「……マルシャ、こちらに来なさい」

 母親は難しい顔でマルシャを手招きする。

「母ちゃん、エレノア連れてきたよ!」
「そう……」

 母親はマルシャを手元に引き寄せると、エレノアを警戒するような目で見た。

(何だろう……歓迎されていない?)

 先程父親は、母親は客間で準備をしていると言った。

 見渡せば、お祝いをするような雰囲気では無い。

 客間用の椅子とテーブルはあるが、母親は立ったままだし、エレノアに座るように勧めることも無い。

 エレノアと母親が束の間見つめ合った所で、狡猾な初老の男の声をエレノアの耳が捕らえる。

「ご苦労様です、サンダース夫人」

 客間の続き部屋の奥から出てきたのは、最も会いたくない人物。教会の神官長だった。

「なん……で」

 白髪で小太りの男。忘れもしない、エレノアを閉じ込め、搾取してきた教会の頂点に立つ男。神官だというのに、まとったローブは金銀の糸で刺繍され、宝石のついたゴツめの首飾りを付け、趣味が悪い。

 神官長はニヤリと気味悪く笑うと、エレノアを見た。エレノアは視線が合うとその場に縫い留められたように動けなくなる。

「サンダース夫人を救ったことは教会として褒められますが、大聖女様の聖水を勝手に持ち出したことは罪に問われますよ、エレノア?」

 エレノアを責めるように言葉を口にする神官長に、エレノアは頭が真っ白になった。