「今回こちらの店舗の社員である城戸美羽さんですが、実は僕の番なんです」
「えっ!!」
またしても最上さんと時任くんの困惑の二重奏が店内に響く。
「……でも、たしか美羽ちゃんの番って……すでに亡くなったって」
ひどく狼狽したように、最上さんはゆっくり私へ視線を合わせた。
「そ、そうですよ。美哉ちゃんも、パパは生まれる前に死んじゃったからこの世にはいないって……」
最上さんの言葉へ追随するように、時任くんも困惑を滲ませた。
「美哉……?」
時任くんの発言のなかに出てきた聞きなれない名前に、久我さんがぴくっと片眉を上げて反応する。
「あーー! 美哉は、親戚の子です! 私の親戚の子!」
日頃、私が発情期を迎えるとアルファである娘の美哉は、ベータの最上さんのご好意で家にお泊りをさせてもらっているのだ。
そのため、時折この店にも保育園帰りの美哉を連れてくることがあり、当然バイトである時任くんは私の娘の顔も名前も知っている。
それから美哉を通じて知った、父親という人物の偽エピソードも。
だって数年後、私の番が久我さんなんだと、まさかこんなかたちで暴露されるとは思ってもみなかったのだ。
「いやいや、あれだけ可愛がっている美哉ちゃんが美羽さんの親戚の子のわけがないでしょう」
本人は親切心のつもりだろうが、時任くんが余計なひとことを口走る。
「城戸さんが、可愛がっている……子?」
凪いだ湖面に石が投げられたように、時任くんの言葉をかいつまんで拾った久我さん魅力ある低い声色に、さざなみが立つ。
私を抱きしめていた手にも問いかける代わりに、ぎゅっと力が込められていく。
頭上から鋭い視線を感じる。
恐々と私は視線を上に向けると、予想通りそこには目がひとつも笑っていない、むしろ底冷えするような零下の瞳を持つ能面のような久我さんが待ち構えていた。
どういうことですか? と、うっすら久我さんの唇が動く。
すぐに私は、子どもの件を久我さんに誤魔化さなくちゃと思い立つ。
けれどそれよりも先に時任くんが、久我さんには知られたくない私の最大の隠しごとを、悪気なくなめらかに晒してしまう。
「美羽さんには今年三歳になる、美哉ちゃんっていうお名前のお人形さんみたいなかわいらしい娘さんがいらっしゃるんです。だから俺は、美羽さんの番が存命で、しかもキョウさんだなんて言われて、なんだか信じられなくて」
逞しい腕を組みながら、うーんと考える仕草を作った時任くんには、どこか感情を抑えているだろう久我さんの様子に気がついていないようだ。
「どうしてそう思うんですか? 城戸さんは僕にとって、たったひとりの大切な番ですが」
それでも形のよい久我さんの薄い唇が、私の心を温かいものでくすぐるような一言を時任くんへ投げかける。
でも、だからこそ。
久我さんは自分の置かれていた立場をすべて捨ててまでも、身寄りのないオメガの私を大切にしてしまいそうだったから。
私は久我さんの前から、姿を消したのだ。
オメガという第二次性を持つものは、一度発情期に身体を結びながらアルファにうなじを噛まれ、番関係を結んでしまったら、それ以降そのアルファにしか発情しなくなる。
けれど、うなじを噛む側のアルファの特性は違う。
自身の子孫を少しでも増やすために、何人でもオメガのうなじを自由に噛むことができ、番にすることができるのだ。
だから私は、お酒の席での行きずりで過ちを犯してしまった久我さんに、優しさだけで責任を取るようなことをさせたくはなかった。
いや、本音は違う。
新しい命を授かったことを知ったら、久我さん本人は産むことを賛成してくれても、その背後にある久我さんの家族が許さないかもしれないと思ったからだ。
「えっ!!」
またしても最上さんと時任くんの困惑の二重奏が店内に響く。
「……でも、たしか美羽ちゃんの番って……すでに亡くなったって」
ひどく狼狽したように、最上さんはゆっくり私へ視線を合わせた。
「そ、そうですよ。美哉ちゃんも、パパは生まれる前に死んじゃったからこの世にはいないって……」
最上さんの言葉へ追随するように、時任くんも困惑を滲ませた。
「美哉……?」
時任くんの発言のなかに出てきた聞きなれない名前に、久我さんがぴくっと片眉を上げて反応する。
「あーー! 美哉は、親戚の子です! 私の親戚の子!」
日頃、私が発情期を迎えるとアルファである娘の美哉は、ベータの最上さんのご好意で家にお泊りをさせてもらっているのだ。
そのため、時折この店にも保育園帰りの美哉を連れてくることがあり、当然バイトである時任くんは私の娘の顔も名前も知っている。
それから美哉を通じて知った、父親という人物の偽エピソードも。
だって数年後、私の番が久我さんなんだと、まさかこんなかたちで暴露されるとは思ってもみなかったのだ。
「いやいや、あれだけ可愛がっている美哉ちゃんが美羽さんの親戚の子のわけがないでしょう」
本人は親切心のつもりだろうが、時任くんが余計なひとことを口走る。
「城戸さんが、可愛がっている……子?」
凪いだ湖面に石が投げられたように、時任くんの言葉をかいつまんで拾った久我さん魅力ある低い声色に、さざなみが立つ。
私を抱きしめていた手にも問いかける代わりに、ぎゅっと力が込められていく。
頭上から鋭い視線を感じる。
恐々と私は視線を上に向けると、予想通りそこには目がひとつも笑っていない、むしろ底冷えするような零下の瞳を持つ能面のような久我さんが待ち構えていた。
どういうことですか? と、うっすら久我さんの唇が動く。
すぐに私は、子どもの件を久我さんに誤魔化さなくちゃと思い立つ。
けれどそれよりも先に時任くんが、久我さんには知られたくない私の最大の隠しごとを、悪気なくなめらかに晒してしまう。
「美羽さんには今年三歳になる、美哉ちゃんっていうお名前のお人形さんみたいなかわいらしい娘さんがいらっしゃるんです。だから俺は、美羽さんの番が存命で、しかもキョウさんだなんて言われて、なんだか信じられなくて」
逞しい腕を組みながら、うーんと考える仕草を作った時任くんには、どこか感情を抑えているだろう久我さんの様子に気がついていないようだ。
「どうしてそう思うんですか? 城戸さんは僕にとって、たったひとりの大切な番ですが」
それでも形のよい久我さんの薄い唇が、私の心を温かいものでくすぐるような一言を時任くんへ投げかける。
でも、だからこそ。
久我さんは自分の置かれていた立場をすべて捨ててまでも、身寄りのないオメガの私を大切にしてしまいそうだったから。
私は久我さんの前から、姿を消したのだ。
オメガという第二次性を持つものは、一度発情期に身体を結びながらアルファにうなじを噛まれ、番関係を結んでしまったら、それ以降そのアルファにしか発情しなくなる。
けれど、うなじを噛む側のアルファの特性は違う。
自身の子孫を少しでも増やすために、何人でもオメガのうなじを自由に噛むことができ、番にすることができるのだ。
だから私は、お酒の席での行きずりで過ちを犯してしまった久我さんに、優しさだけで責任を取るようなことをさせたくはなかった。
いや、本音は違う。
新しい命を授かったことを知ったら、久我さん本人は産むことを賛成してくれても、その背後にある久我さんの家族が許さないかもしれないと思ったからだ。