……やっぱり、どこか建物の中で待っておけばよかった。
 今さら後悔しても、時すでに遅し。私は首に巻いたストールを手持ち無沙汰に弄りながら、目の前に立つ人物を見上げた。

「きみ、めちゃくちゃスタイルいいね! もしかしてモデルとかやってる? 時間あるなら俺と遊ばない?」

 駅前の花壇に腰かける私の前で、ノンストップで話続ける若い男。ついさっき話しかけてきた、赤の他人である。
 まさかナンパなんてされるとは思ってもみなくて、ただただ呆気にとられている無言の私を他所に、男の手がこちらへと伸びてきた。

「ねぇちょっと、聞いてるー?」

 そのときだ。男が私に触れる直前、視界に人影が入り込んだ。
 見覚えのあるグレーのコートに、私がプレゼントしたマフラーを巻いたその人物は。

「ごめん珠綺(たまき)、待った?」
「……(すばる)!」

 待ちわびた声に、ぴょこっと私は立ち上がる。
 ナンパ男は昴の登場に一瞬顔を歪めていたけれど、並んだ私たちの姿を見てへらりとまた軽薄そうに表情を緩めた。

「あ、もしかしてきみの弟? 弟クンごめんねー、ちょっとお兄さんにお姉ちゃん貸してくれる?」
「行こう、珠綺」

 ムッとしかけた私と違い、清々しいまでの全力スルーである。昴に腰を抱かれるようにして歩き出すと、男が慌てた様子で声をかけてくる。

「おいっ、待──」

 そのとき、初めて昴が男に視線を向けた。口もとは微笑んでいるけれど、目はまったく笑っていない。

「俺の“恋人”に、まだなにか?」

 静かな低い声でぴしゃりと言い放った迫力に押されたのか、男は息をのんで動きを止める。私たちは、足早にその場を離れた。

「はあ、間に合ってよかった……珠綺、遅くなって悪かっ……珠綺?」

 不思議そうに、昴が首をかしげる。たぶん、私がなぜか両手で自分の顔を覆っているせいだ。
 だって、私の彼氏が。あまりにもヒーローで、キュンときた。

「さっき、かっこよかった……好きです……」

 少しだけ手を下げて目もとだけ出しながら、どストレートに今の気持ちを告白する。
 昴は一瞬きょとんと目を丸くして、それからふはっと笑った。

「知ってる」

 ああもう、その返しもとても好きです。