THE SUICIDE BRIDE 自殺因果の花嫁

 デートを終えた後、この日はリサの家に泊まることになった。

 彼女の家にも行き慣れてて、二人で手を繋いで駅の階段を降りてるとリサが硬直した様に動きを止めた。

 まるで、条件反射の様に後ろを向いて逃げるかの様な素振りをして立ち止まった。

 彼女は何から逃げたのだろうと、彼女が目を背けた階段下を見ると、若い男の人が立って居た。

 トレーナー姿で、少し太り気味だけど身長の高い青年で二十代後半くらいだろうか?

 短髪の金髪ヘアーで、いかにも若者の青年て感じだ。


 リサは耳まで顔を真っ赤にして「こっちの駅は使うなと言っただろうが!」と青年に叫んだ。

 その声や表情は怒っていると言うよりは、大恥をかいて照れてる様な印象で二人の関係に情の様な、特別な何かがある気がした。


 僕は、瞬時に青年が元彼でリサの家の近くに住んでるなと悟った。

 青年は、僕を一瞬だけ見て、すぐリサに視線を戻した。リサの叱責に対して呆気に取られた様に「お、おう」とぶっきらぼうな返事を返していた。
 
 彼は、リサに何かを言いたげな表情をしてたけど、リサは彼を完全に無視した。
 
 彼女は「じゃあ、元気でね」とだけ言い残し、僕の手を握りしめ、階段を下っていった。

 僕はリサに引っ張られるまま階段を下り、彼と通りすぎる時に、軽く会釈した。

 彼も反射的に頭を下げ、そのまま立ちすくんでた。
 リサは興奮さめやらぬと言った具合で、真っ赤に火照った体を覚ますよに、手で顔を煽ぎながら、顔を僕に見られ無い様にしてた。

 僕が見た事がない、リサの初めての表情や態度を見て、少し悔しい感じがした。

 元彼に対してと言うよりは、まだ僕が見たことのない彼女の一面が存在することに、自分自身に対する悔しさを感じていた。

 僕の前では、か弱い女の顔なのに、他人に強く当たる強者の顔も出来る事を知って、僕の前では、まだまだ偽ってる気がした。

 それに、やっぱり元彼に対しての愛着を感じた。

 長い事、同棲して居たのだから、深く根ざした感情、複雑な結びつきが存在する事は理解出来る。

 それでも僕は、少し息苦しい様な、恥骨の奥が痒苦なったような気分になった。





 リサに、「さっきの人が元彼?」と聞くと、彼女は頷いた。

 同じ駅を使えるくらい近くに住んでる事に、危機感を感じた。それだけ近ければ、何時でも簡単に会える。

 彼女が僕を電話で突然呼び付ける時に、僕が行けなければ元彼に電話するんだろうなと思った。


 リサは僕の手を力強く握って微笑んだ。

 ついつい考え込んで、下を向いて暗い顔をしてたのかもしれない。

 こうやって、優しく気遣ってもらう度に、僕の中に彼女への忠誠心にも似たような、暖かい感覚が広がる。

 恩返しをしたい様な、そう言った気持ちが、僕を突き動かそうとするのだけど、それが彼女への愛しい気持ちに変換され、彼女を抱きたくなる。
 彼女を抱くだけでは、きっと僕の思いは伝わらないし、身体目当てだと思われるだけだ。

 それで結局は、苛立ちを我慢する事や、貢物や食事をご馳走する事ぐらいでしか、彼女を良い気分にする事が出来ない。

 お金をもっと稼ぎ、良い思いをしてもらいたいと思うのだけど、そういう訳にもいかず、悔しい思いが募るばかりだった。


 優しくされたり、笑いかけられたりして、彼女の事を好きだって気持ちが強くなると、その気持ちと比例して性欲が増す。

 リサには、とても強い性衝動を感じるけど、それが永遠に湧き続けるモノなのか、一時的な大きな衝動を何度も繰り返してるだけなのかは、僕にも分からなかった。

 湧き上がる衝動を感じて、確かな事は私が永遠の愛を誓う女性は、永遠に抱きたいと誓える女性なんだろうと結論付けた。

 彼女が歳を取っても、欲情出来るか出来ないかの観点で考えれば、リサに永遠の愛は誓えるのだろうと思った。


 ただ、彼女のみを永遠に愛して、リサの束縛を全て受諾して納得出来るとは思えなかった。

 もしも、僕が永久に絶対出れない無人島に閉じ込められて、誰か一人だけ連れて行けるならリサを連れて行く。

 そしたら満足で、幸せな人生を送れる。けど、この広い世界で彼女だけが特別とは思えなかった。


 元彼とは、何時でも復縁出来る状態をキープしてる様な、ふしだらな女で、ヤニ漬けのアルコール中毒者だ。

 永遠に彼女を愛す自信は有るけど、彼女だけとなるとリスクが多すぎる。
 
 それに彼女は、不摂生で不健康な女だ。

 老化も他の人より早いだろうし、このままタバコを吸い続ければ、良くても携帯酸素の持ち運びは必須の車椅子生活が待ってる。

 それ何処か、場合によれば癌になって、寝たきりに近い様な状態の彼女を、長く介護して行く生活が待ってるかもしれない。

 彼女が僕の性愛を満たせなくなった時に、ただ足手纏いなだけの彼女を愛し続け、数十年と寄り添い続けると思えなかった。





 彼女が心地良さそうにタバコを吸う姿を見てると、闘病生活で入院する彼女の姿が、僕の頭に浮かんだ。

 最初は毎日、通院するけど寒くて雪が降るような日が続き、次第に病院に行く回数は減る。

 最終的には、一ヶ月に一回会いに行くのも面倒になるだろう。

 そう考えると、やっぱりリサの事は好きだけど、それは女として好きなので有って、僕が探し求めてる特別な愛では無いと感じた。

 
 特別な愛とは、人生の全てを捧げるほどの強い感情だ。それは、自分自身を犠牲にし、相手の幸せを最優先に考えるような愛だ。
 
 それは、相手が不幸になったとき、自分自身が深い悲しみを感じ、自分が幸せになるためには相手が幸せでなければならないと感じるような愛だ。
 
 
 それでも、僕はリサと一緒にいることに確かに幸せを感じていた。
 
 彼女と一緒にいる時間は心地良く、彼女の笑顔に僕自身まで幸せになったような感覚を感じてた。