定期公演を終えて、ライブ後にルナと逢った。
ファミレスで飲みながらライブの感想を聞いたりした。
ルナは、リサに対してライバル心を剥き出しで、「あの子が可愛かったら諦めつくけど、あんな女はヤヨタンには似合わないよ」とリサの悪口を言いまくってた。
確かにルナは色白で年齢もリサより五歳は若く見えた。
下手したら十代、恐らくはニ十一歳か二十二歳と言った所だろう。
自然で、ほんのり茶色いショートヘアーの髪の毛は、清楚で純粋そうな印象を与え、男達にモテそうな顔をして居た。
私はヴィジュアル系バンドをしてるので彼女が、まつ毛エクステやネイルに結構な金額を突っ込んでる事は瞬時に分かった。
地下アイドルしながら、どうしてそんなにお金を持ってるのか聞くと、親がマンションを経営して居て、それなりに収入が有るそうだ。
彼女は過去にもバンドマンと付き合って居た事が有るそうで、テレビに出てる有名ミュージシャンの元カノとして一部界隈では名の知れた存在らしい。
ルナの言葉を裏付ける様に、彼女が見せてくれたネット掲示板には、彼女の名前が書かれ結構な数の誹謗中傷の書き込みがされて居た。
こんな状況下で生きて居たら、口が悪くなるのもしょうがない事だと感じた。
彼女が自分の容姿に自信を持って居る事は伝わったけど、僕はリサの方が可愛いと思った。
もしかしたら、それはリサに対する愛情や、一緒に過ごした時間が、そう思わせたのかも知れない。
∎
自分でも何故か分からないけど、リサの悪口を言う彼女の事に苛立ちを感じた。
嫌悪感とまでは行かないものの、嫌な女に感じた。
僕を好きだからこそ出る、リサに対する悪口だと理解してるのに。
苛立つ自分を不思議に感じながら、なるべく優しく彼女に接するように努力をしていた。
しかし、その一方で、ルナに対する苛立ちが僕の中でむくむくと大きく増していった。
その苛立ちを抑える為に、精神的な負荷が掛かり、ルナと話してると疲労感を感じた。
ルナには、出会った初日にリサに僕を盗られたという強い思いが有るのか、物凄くグイグイと僕に迫った。
僕には、性行為をする事自体は、病気とかさえ移らなければ断る理由がない。
ただ、地下アイドルをして居て名が知れてるのが少し気になった。
∎
男は本能的に争いを避ける為に、恋人が居たり、男の影が見える女性に対して、恋愛感情を抱き難い傾向があると言う。
自然界で、群れで暮らす哺乳類は下手に女を取り合い手傷を負って命の危険を侵すくらいなら、空いてるメスと繁殖行為を行う方が、確実に子孫を残せるからだ。
男とは真逆で、女性は優秀な遺伝子を残す為に、異性から人気がある男性を好きになりやすい傾向がある事は、人気商売をやる上で学んでいた。
そう言う意味では、男にとって女性とのスキャンダルは、自分が魅力的な男性だと評価を上げるもので、気にする様な事では無い。
ただ、ルナの場合は元カレが有名バンドマンなので、後発に関係を持った僕の方が、その元彼より下に見られる気がして、そこが少し引っかかっていた。
ルナがあまりにも積極的だったことから、僕は彼女を少し焦らすのも面白いかもしれないと思い始めた。
最近は、リサが夜伽をしてくれ僕の欲求を満たしてくれていた。
そのため、特にルナと身体の関係を持つことを求める気持ちはなかった。性欲が絡まないルナとの関係は、僕にとって新鮮であり、そこに一種の安堵感を見いだしていた。
∎
僕はルナにお礼を言って「またデートをしよう」と伝えて、この日は帰る事にした。
彼女はおもちゃを買って貰えなかった幼稚園児みたいに眉間にシワを入れて悔しそうにしてた。
その顔が、今日見た彼女の中で一番可愛かった。
機材を持って駅に向かって歩いて居る時も、ルナは腕を絡めながら「今日泊まりたい、一緒に居たい」と、しつこく言い寄って来た。
さすがにライブ後で疲れて居たし、彼女の気持ちは嬉しかったけど、気が乗らなかった。
僕は「ジャンケンに勝ったら良いよ」と、かったるそうに言った。
彼女は素直に「わかった」と頷いた
順応なルナの姿勢に、一瞬だけ心が痛んで躊躇したけど、僕は「最初はグー」と、ゆっくり彼女がテンポに乗って、自然と手が出る様に喋った。
僕が腕をゆっくり上げ、振り下げる動作に、ルナも条件反射でグーを出した所で、僕は手を開いてパーに変えた。
ルナは何が起きた分からない驚きと、吠える犬の様に怒りが混じった顔をした。
僕は容赦なく「はい。俺の勝ち」と言って彼女を見た。
彼女が何を言うか楽しみだった。
卑怯だと罵るのか、僕に幻滅するのか、ぞんざいに扱われた事に涙するのか興味が湧いた。
彼女が何を言おうが、どんな行動を取ろうと、僕は上手く対応する自信が有った。
怒ろうが、泣こうが、ドラマチックに彼女を気遣いながら申し訳なさそうな顔をすれば良いだけだ。
ルナは脊髄反射的に感情をあらわに行動を取ると思ったけど、僕と目が有った瞬間に、下を向いて考え込んだ。
僕にとっては全く予想外の行動で驚いた。
あんなに激しく求愛行動をとってたのに、ちゃんと考えて行動する子なんだと感心した。
彼女は顔を上げて僕を見た。
目は若干潤んでる様に見えて、思わず僕も泣きそうになった。
彼女は「最初にグーを出さないといけないと決めて無いなら、そもそもパーがグーに勝つてルールも決めてない。だからグーを出した私の勝ち!」と、ジャンケンのルールを根幹から覆す自論を展開して、自分が勝ったと主張して来た。
僕は、彼女の自論を論破する解答を考えたが、思い浮かばなかった。
彼女に論破された状況に陥る事は、ドラマチックに彼女を追い返す、美しい展開が無い事を意味してた。
あくまでもエレガントに、良く出来た劇の様に行動するのが僕の心情だ。
彼女を追い返したいと言う、自分の気持ちを第一優先に行動する事はしない。
美しく生きる事を第一に行動して、その中で自分の思惑を果たして行くのが、僕の在り方だ。
それは、格好の良い服を着て着飾る様に、美しい選択をして、美しい生き方をしたいからだ。
女性に論破されて、それでも約束を破る行為を美しく取り繕う方法を、どんなに考えても浮かばなかった。
僕は観念して、ルナを自宅に招待した。
∎
ルナは実力で僕を言い負かし、家に来た事を誇らしげに喜んでいたし、僕も彼女の会話力や度胸を素直に凄いと感心した。
彼女は待ってましたとばかりに服を脱ぎ、完璧に毛を処理した、陶器の様な自慢の裸体を誇らしげに見せた。
ボンテージ衣装を着てライブをしている僕には、毛の処理が如何に面倒臭いかが良く分かって居た
この瞬間の為に準備してたと思うと、彼女の事を愛しく感じた。
∎
ルナと至近距離で接して、ルナを感じる度に、どうしてもリサとの違いを感じる事が多かった。
リサならこうなのに、リサならこうするのに。
その違いが、それぞれの良さが有ると言う感じでは無く、リサに比べて劣っていると言う印象の類いの、違い感だった。
元々が、嫌々家に招いて抱きしめているからなのか、理由は自分でも分からないけど、ただ疲れただけだった。
それでもルナは嬉しそうな表情をしてくれてたので、僕はどうにか責務は果たせたと思い、そのまま疲れて寝てしまった。
∎
意識が戻ると、うつ伏せに寝てるルナの胸の上で涎を垂らして寝てた事に気付いて「ごめん」と誤り、彼女の身体を急いで拭いた。
シャワーを浴びて「今日は仕事があるから」と、彼女に帰る様に促した。彼女は、仕事が終わるまで家で待つと言い出したが、それは嫌だったので、丁重に断った。
彼女は身支度を整えながら鞄をゴソゴソ弄るばかりで、モタモタと一向に出て行く気配が無かった。
何か様子が変だったので、どうしたのか聞くと、薬が無いと焦って居た。
聞けば、彼女は何らかの精神的な病気を抱えており、薬を飲まないと電車に乗ることができないようだ。しかも、その重要な朝の薬を持ってくるのを忘れたと言う。
ムダ毛のケアは完璧にこなすくせに、なぜ薬を持って来ないのかと、思わず苛立ちがこみ上げてきた。しかし、彼女が必死に薬を探す姿を見ていると、わざと薬を持ってこなかったわけではないと感じた。
結局、親に連絡して彼女の薬を、僕の自宅が有る最寄り駅まで持ってきて貰う事にした。
彼女は薬が切れると外に一歩も出れないと言い張るので、僕が一人でルナの母親から薬を受け取りに行った。
∎
駅で待っていると「ヤヨイさんですか?」と、僕に話しかけて来たルナのお母さんは、優しそうで子綺麗なマダムだった。
僕の眼を覗き込んで、悪い人間じゃ無いかを判断しようとしてた。
僕には妹が居るし、娘を心配する母親の気持ちは、分かるつもりなので、誠心誠意対応しようと礼儀正しく挨拶した。
娘を朝帰りさせる、何処の馬の骨とも分からない僕の事を、責める事もなく挨拶をして、布製の提灯袋を僕に手渡した。
きっと娘の事を心配してるだろうと思って、「ご心配でしたら家まで来られますか?」と提案した。
母親は手を振って「いえいえ結構です」と断った。
その母親の対応から、これが初めての緊急事態じゃない印象を受けた。
全く同じ事を何度もしてるとは言い切れないけど、病気の娘と、家族皆んなで支え合いながら、日々を乗り越えてきたのだろうと感じた。
僕の事は、ルナからある程度聞いていた様だった
ヴィジュアル系の業界では、娘と親が一緒にアーティストのファンになり、それが家族ぐるみの付き合いになる事も珍しい話ではなかった。
私自身も、この音楽業界で一定の知名度を有するミュージシャンだったので、音信不通で姿を消すなどという行動はしないと、信じてくれたのだろう。
僕は、「薬はきちんと娘さんに渡して、今日中には帰らせます」と約束して帰宅した。
∎
家に帰るとルナは、ベットに隠れるように、くるまって居た。
彼女自信が一番、迷惑をかけた事を申し訳なく思って居るのだろう。僕は少しでも彼女に元気を出してもらいたくて、出来る限り優しく接しようと思った。
薬を一つずつ指で出し、飲ませてあげた。
薬が効くまで少し時間が掛かると思い、ハーブティーを淹れた。
薬を取りに行かせた事で怒ると思って居たのか、何処か怯えるような素振りをしてたルナにも、笑顔が戻ってきた。
彼女の安心した様な笑顔を見てると、自分の苛立ちが彼女を苦しめて居たと感じて、申し訳なく思った。
僕はルナに想いが伝わる様に、そっと抱きしめた。
彼女の身体は体温が低くて、リサに比べて冷たく感じた。
匂いもしなくて、何だかマネキンを抱いてる様な気がした。
どうしてもルナと接しているとリサの事が思い浮かんで来て、自分が、無駄な時間を費やしてる感覚に陥る。
なかなか家に帰ろうとしないルナに、強めに拒絶の意思表示をして、さっさと追い返したい気持ちを堪えた。
どうせ追い出す結果は変わらないけど、彼女が少しでも良い気持ちで帰れる様に、彼女の帰りたく無い理由を聞く時間がすごく苦痛で長く感じた。
彼女の言葉から、彼女がどれほど僕を愛し、僕の音楽に励まされてきたかが伝わった。その瞬間、僕は自分が音楽を続ける意味を改めて確認した。
それなのに、嬉しさよりも煩わしさの方を強く感じた気がした。
リサにも大概苛立つ事が多かったけど、こうしてルナとリサを同じ様に対応すると、リサの方がまだ我慢出来る。
無言で怯えるルナに対しては、義務感と憐れみの様な気持ちから、優しく接する事を強要されてる気がする。
それに比べて、嫌味や文句をグチグチ言ってくるリサに対しては、僕も不快感を表に出せるし、彼女の言葉から、彼女が僕に対して何を求めてるのかが分かる。
僕に求める要望を、叶えるかどうかは別の話だけど、女性が男に何を求めてるかを知れると言う意味で、リサは一緒に居て成長出来る女性だ
ルナの場合は、小動物の様に相手が怒らないか様子を伺いながら怯えてるだけだ。
それは無言の圧力の様なもので、ひたすら自分の内から湧き起こる苛立ちに耐えながら彼女に優しく接し続けるのは、ひたすら苦痛を感じるだけだった。
数学の様に、面倒臭い難問を我慢強く解く事で、忍耐力が付きはするだろうが、気づきを得れるような事ではない。
今後の僕の人生で、ルナと過ごす時間や経験は、何の役にも立たないだろうと感じた。
ルナと同じ時間を共有していると、リサと過ごせば良かったなと感じる事が多くて、きっとルナと逢うことはもう無いなと、僕は思った。
ファミレスで飲みながらライブの感想を聞いたりした。
ルナは、リサに対してライバル心を剥き出しで、「あの子が可愛かったら諦めつくけど、あんな女はヤヨタンには似合わないよ」とリサの悪口を言いまくってた。
確かにルナは色白で年齢もリサより五歳は若く見えた。
下手したら十代、恐らくはニ十一歳か二十二歳と言った所だろう。
自然で、ほんのり茶色いショートヘアーの髪の毛は、清楚で純粋そうな印象を与え、男達にモテそうな顔をして居た。
私はヴィジュアル系バンドをしてるので彼女が、まつ毛エクステやネイルに結構な金額を突っ込んでる事は瞬時に分かった。
地下アイドルしながら、どうしてそんなにお金を持ってるのか聞くと、親がマンションを経営して居て、それなりに収入が有るそうだ。
彼女は過去にもバンドマンと付き合って居た事が有るそうで、テレビに出てる有名ミュージシャンの元カノとして一部界隈では名の知れた存在らしい。
ルナの言葉を裏付ける様に、彼女が見せてくれたネット掲示板には、彼女の名前が書かれ結構な数の誹謗中傷の書き込みがされて居た。
こんな状況下で生きて居たら、口が悪くなるのもしょうがない事だと感じた。
彼女が自分の容姿に自信を持って居る事は伝わったけど、僕はリサの方が可愛いと思った。
もしかしたら、それはリサに対する愛情や、一緒に過ごした時間が、そう思わせたのかも知れない。
∎
自分でも何故か分からないけど、リサの悪口を言う彼女の事に苛立ちを感じた。
嫌悪感とまでは行かないものの、嫌な女に感じた。
僕を好きだからこそ出る、リサに対する悪口だと理解してるのに。
苛立つ自分を不思議に感じながら、なるべく優しく彼女に接するように努力をしていた。
しかし、その一方で、ルナに対する苛立ちが僕の中でむくむくと大きく増していった。
その苛立ちを抑える為に、精神的な負荷が掛かり、ルナと話してると疲労感を感じた。
ルナには、出会った初日にリサに僕を盗られたという強い思いが有るのか、物凄くグイグイと僕に迫った。
僕には、性行為をする事自体は、病気とかさえ移らなければ断る理由がない。
ただ、地下アイドルをして居て名が知れてるのが少し気になった。
∎
男は本能的に争いを避ける為に、恋人が居たり、男の影が見える女性に対して、恋愛感情を抱き難い傾向があると言う。
自然界で、群れで暮らす哺乳類は下手に女を取り合い手傷を負って命の危険を侵すくらいなら、空いてるメスと繁殖行為を行う方が、確実に子孫を残せるからだ。
男とは真逆で、女性は優秀な遺伝子を残す為に、異性から人気がある男性を好きになりやすい傾向がある事は、人気商売をやる上で学んでいた。
そう言う意味では、男にとって女性とのスキャンダルは、自分が魅力的な男性だと評価を上げるもので、気にする様な事では無い。
ただ、ルナの場合は元カレが有名バンドマンなので、後発に関係を持った僕の方が、その元彼より下に見られる気がして、そこが少し引っかかっていた。
ルナがあまりにも積極的だったことから、僕は彼女を少し焦らすのも面白いかもしれないと思い始めた。
最近は、リサが夜伽をしてくれ僕の欲求を満たしてくれていた。
そのため、特にルナと身体の関係を持つことを求める気持ちはなかった。性欲が絡まないルナとの関係は、僕にとって新鮮であり、そこに一種の安堵感を見いだしていた。
∎
僕はルナにお礼を言って「またデートをしよう」と伝えて、この日は帰る事にした。
彼女はおもちゃを買って貰えなかった幼稚園児みたいに眉間にシワを入れて悔しそうにしてた。
その顔が、今日見た彼女の中で一番可愛かった。
機材を持って駅に向かって歩いて居る時も、ルナは腕を絡めながら「今日泊まりたい、一緒に居たい」と、しつこく言い寄って来た。
さすがにライブ後で疲れて居たし、彼女の気持ちは嬉しかったけど、気が乗らなかった。
僕は「ジャンケンに勝ったら良いよ」と、かったるそうに言った。
彼女は素直に「わかった」と頷いた
順応なルナの姿勢に、一瞬だけ心が痛んで躊躇したけど、僕は「最初はグー」と、ゆっくり彼女がテンポに乗って、自然と手が出る様に喋った。
僕が腕をゆっくり上げ、振り下げる動作に、ルナも条件反射でグーを出した所で、僕は手を開いてパーに変えた。
ルナは何が起きた分からない驚きと、吠える犬の様に怒りが混じった顔をした。
僕は容赦なく「はい。俺の勝ち」と言って彼女を見た。
彼女が何を言うか楽しみだった。
卑怯だと罵るのか、僕に幻滅するのか、ぞんざいに扱われた事に涙するのか興味が湧いた。
彼女が何を言おうが、どんな行動を取ろうと、僕は上手く対応する自信が有った。
怒ろうが、泣こうが、ドラマチックに彼女を気遣いながら申し訳なさそうな顔をすれば良いだけだ。
ルナは脊髄反射的に感情をあらわに行動を取ると思ったけど、僕と目が有った瞬間に、下を向いて考え込んだ。
僕にとっては全く予想外の行動で驚いた。
あんなに激しく求愛行動をとってたのに、ちゃんと考えて行動する子なんだと感心した。
彼女は顔を上げて僕を見た。
目は若干潤んでる様に見えて、思わず僕も泣きそうになった。
彼女は「最初にグーを出さないといけないと決めて無いなら、そもそもパーがグーに勝つてルールも決めてない。だからグーを出した私の勝ち!」と、ジャンケンのルールを根幹から覆す自論を展開して、自分が勝ったと主張して来た。
僕は、彼女の自論を論破する解答を考えたが、思い浮かばなかった。
彼女に論破された状況に陥る事は、ドラマチックに彼女を追い返す、美しい展開が無い事を意味してた。
あくまでもエレガントに、良く出来た劇の様に行動するのが僕の心情だ。
彼女を追い返したいと言う、自分の気持ちを第一優先に行動する事はしない。
美しく生きる事を第一に行動して、その中で自分の思惑を果たして行くのが、僕の在り方だ。
それは、格好の良い服を着て着飾る様に、美しい選択をして、美しい生き方をしたいからだ。
女性に論破されて、それでも約束を破る行為を美しく取り繕う方法を、どんなに考えても浮かばなかった。
僕は観念して、ルナを自宅に招待した。
∎
ルナは実力で僕を言い負かし、家に来た事を誇らしげに喜んでいたし、僕も彼女の会話力や度胸を素直に凄いと感心した。
彼女は待ってましたとばかりに服を脱ぎ、完璧に毛を処理した、陶器の様な自慢の裸体を誇らしげに見せた。
ボンテージ衣装を着てライブをしている僕には、毛の処理が如何に面倒臭いかが良く分かって居た
この瞬間の為に準備してたと思うと、彼女の事を愛しく感じた。
∎
ルナと至近距離で接して、ルナを感じる度に、どうしてもリサとの違いを感じる事が多かった。
リサならこうなのに、リサならこうするのに。
その違いが、それぞれの良さが有ると言う感じでは無く、リサに比べて劣っていると言う印象の類いの、違い感だった。
元々が、嫌々家に招いて抱きしめているからなのか、理由は自分でも分からないけど、ただ疲れただけだった。
それでもルナは嬉しそうな表情をしてくれてたので、僕はどうにか責務は果たせたと思い、そのまま疲れて寝てしまった。
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意識が戻ると、うつ伏せに寝てるルナの胸の上で涎を垂らして寝てた事に気付いて「ごめん」と誤り、彼女の身体を急いで拭いた。
シャワーを浴びて「今日は仕事があるから」と、彼女に帰る様に促した。彼女は、仕事が終わるまで家で待つと言い出したが、それは嫌だったので、丁重に断った。
彼女は身支度を整えながら鞄をゴソゴソ弄るばかりで、モタモタと一向に出て行く気配が無かった。
何か様子が変だったので、どうしたのか聞くと、薬が無いと焦って居た。
聞けば、彼女は何らかの精神的な病気を抱えており、薬を飲まないと電車に乗ることができないようだ。しかも、その重要な朝の薬を持ってくるのを忘れたと言う。
ムダ毛のケアは完璧にこなすくせに、なぜ薬を持って来ないのかと、思わず苛立ちがこみ上げてきた。しかし、彼女が必死に薬を探す姿を見ていると、わざと薬を持ってこなかったわけではないと感じた。
結局、親に連絡して彼女の薬を、僕の自宅が有る最寄り駅まで持ってきて貰う事にした。
彼女は薬が切れると外に一歩も出れないと言い張るので、僕が一人でルナの母親から薬を受け取りに行った。
∎
駅で待っていると「ヤヨイさんですか?」と、僕に話しかけて来たルナのお母さんは、優しそうで子綺麗なマダムだった。
僕の眼を覗き込んで、悪い人間じゃ無いかを判断しようとしてた。
僕には妹が居るし、娘を心配する母親の気持ちは、分かるつもりなので、誠心誠意対応しようと礼儀正しく挨拶した。
娘を朝帰りさせる、何処の馬の骨とも分からない僕の事を、責める事もなく挨拶をして、布製の提灯袋を僕に手渡した。
きっと娘の事を心配してるだろうと思って、「ご心配でしたら家まで来られますか?」と提案した。
母親は手を振って「いえいえ結構です」と断った。
その母親の対応から、これが初めての緊急事態じゃない印象を受けた。
全く同じ事を何度もしてるとは言い切れないけど、病気の娘と、家族皆んなで支え合いながら、日々を乗り越えてきたのだろうと感じた。
僕の事は、ルナからある程度聞いていた様だった
ヴィジュアル系の業界では、娘と親が一緒にアーティストのファンになり、それが家族ぐるみの付き合いになる事も珍しい話ではなかった。
私自身も、この音楽業界で一定の知名度を有するミュージシャンだったので、音信不通で姿を消すなどという行動はしないと、信じてくれたのだろう。
僕は、「薬はきちんと娘さんに渡して、今日中には帰らせます」と約束して帰宅した。
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家に帰るとルナは、ベットに隠れるように、くるまって居た。
彼女自信が一番、迷惑をかけた事を申し訳なく思って居るのだろう。僕は少しでも彼女に元気を出してもらいたくて、出来る限り優しく接しようと思った。
薬を一つずつ指で出し、飲ませてあげた。
薬が効くまで少し時間が掛かると思い、ハーブティーを淹れた。
薬を取りに行かせた事で怒ると思って居たのか、何処か怯えるような素振りをしてたルナにも、笑顔が戻ってきた。
彼女の安心した様な笑顔を見てると、自分の苛立ちが彼女を苦しめて居たと感じて、申し訳なく思った。
僕はルナに想いが伝わる様に、そっと抱きしめた。
彼女の身体は体温が低くて、リサに比べて冷たく感じた。
匂いもしなくて、何だかマネキンを抱いてる様な気がした。
どうしてもルナと接しているとリサの事が思い浮かんで来て、自分が、無駄な時間を費やしてる感覚に陥る。
なかなか家に帰ろうとしないルナに、強めに拒絶の意思表示をして、さっさと追い返したい気持ちを堪えた。
どうせ追い出す結果は変わらないけど、彼女が少しでも良い気持ちで帰れる様に、彼女の帰りたく無い理由を聞く時間がすごく苦痛で長く感じた。
彼女の言葉から、彼女がどれほど僕を愛し、僕の音楽に励まされてきたかが伝わった。その瞬間、僕は自分が音楽を続ける意味を改めて確認した。
それなのに、嬉しさよりも煩わしさの方を強く感じた気がした。
リサにも大概苛立つ事が多かったけど、こうしてルナとリサを同じ様に対応すると、リサの方がまだ我慢出来る。
無言で怯えるルナに対しては、義務感と憐れみの様な気持ちから、優しく接する事を強要されてる気がする。
それに比べて、嫌味や文句をグチグチ言ってくるリサに対しては、僕も不快感を表に出せるし、彼女の言葉から、彼女が僕に対して何を求めてるのかが分かる。
僕に求める要望を、叶えるかどうかは別の話だけど、女性が男に何を求めてるかを知れると言う意味で、リサは一緒に居て成長出来る女性だ
ルナの場合は、小動物の様に相手が怒らないか様子を伺いながら怯えてるだけだ。
それは無言の圧力の様なもので、ひたすら自分の内から湧き起こる苛立ちに耐えながら彼女に優しく接し続けるのは、ひたすら苦痛を感じるだけだった。
数学の様に、面倒臭い難問を我慢強く解く事で、忍耐力が付きはするだろうが、気づきを得れるような事ではない。
今後の僕の人生で、ルナと過ごす時間や経験は、何の役にも立たないだろうと感じた。
ルナと同じ時間を共有していると、リサと過ごせば良かったなと感じる事が多くて、きっとルナと逢うことはもう無いなと、僕は思った。



