THE SUICIDE BRIDE 自殺因果の花嫁

 朝方から雨が大量に降り出した。

 彼女が住んでいる木造のアパートは、見た目は綺麗だけれども、トタンのような金属が使われている屋根部分から、大粒の雨粒が打ちつけるたびに、無数のビーズを散らすような音が響いていた。

 私は裸のリサに腕枕したまま雨の音を聴いてた。

 彼女の体温はちょうど心地よくて、暑くも無く寒くも無い、年に数回しか無い最高の良い日和だった

 何もしない状態に退屈を感じず心地良い状況なんて、生きていても中々体験できない。

 お腹も減ってなく喉も渇いてない。

 心配事も無ければ、片付けなければならない仕事も無い。


 このまま世界が終われば、僕は幸せ何だろうと感じた。

 カマキリのオスが交尾の後にメスに喰われる様に、僕は心地よさで、全く動く気になれない。

 痛みも、まるで感じない様な気が、するくらい安らいでて、今が幸せの絶頂だと感じた。

 きっと明日も明後日も、この瞬間より明らかに辛い事ばかり体験するし、今を超える日は来ないと感じた。


 例えリサと別れて、もっと美人で優しい面倒臭く無い女性と付き合ったとしても、いま感じてる幸福度合いと同じ何だろうなと思った。

 人間が感じれる幸福感の限界値に、今の自分は到達してると本能的に感じてた。



 今、世界が終われば良いのに、これからも続いてく人生のせいで、彼女と別れ、僕は生きて行かなくちゃ行けない。

 リサは、僕が持ってないモノを沢山持っていて、僕の遺伝子と、彼女の遺伝子を掛け合わせたキメラを作れば、凄く面白い個体が産まれるだろうと思った。

 私の知能を受け継ぎ、彼女の人心掌握術や愛嬌をプラスした生体なら、かなり能力の高い生命体になる。

 でも、最高とは思えなかった。
 

 私は自分の命を使い、人生をかけた最高傑作を作りたい。
 そう思った時に、リサでは一歩届かないと思った。

 リサは素晴らしい女性では有るけど、伴侶にするには足りない。

 私の隠し子を産んで、金銭援助のみで育ててくれるなら有りの女性だなと感じた。

 でも、そんな条件を彼女が受け入れる訳がないし、仮に受け入れたとしても、いざ本命が出来た時に妨害してくる様では困る。


 結局、僕の夢で有る、最高傑作の子供を作る為には、リサと別れるしか無い運命で、それが辛く悲しい未来の始まりだと、良く理解して居るのに僕は夢を諦められない。

 僕自身が、絶対に譲れない事に関しては、命懸けで挑戦する生き方を選ぶ人間だと、自分で良く理解して居た。

 それ故に、何らかの理由で突然此処で終わる結末が、一番楽で幸せだと心から感じてた。

 もしも僕が夢を諦め、“心地良い、そこそこ幸せな未来“の為にリサと結婚したら、僕はずっと後悔と夢を叶えられなかった未練を抱いたまま人生を終える事になる未来が見えてた。

 それは、僕にとっては不幸な結末で、人生の失敗を意味してた。





 寝過ぎて小腹が減った頃に、リサが「林檎が有るけど食べる?」と尋ねてきた。

 僕は林檎の皮を剥くのが面倒くさくて、家では直に嚙り付いて皮だけ口から吐き捨ててた。

 結局、めんどくさい思いをしてまで食べなくて良いやと、林檎を食べる機会は滅多に無かった。

 リサは慣れた手付きで林檎の皮を剥いてテーブルに持って来た。

 僕にとっては久し振りの林檎で、彼女が剥いた林檎は、異常に美味しく感じた。


 リサと過ごす、この場所は充分過ぎる程、居心地が良くて幸せだ。

 それなのに僕は、有るかどうかも分からない宝島を目指して、旅に出る。自分を偽り、優しく完璧な人を演じながら、至高の宝を手に入れる為に。


 さながら僕は、荒海を航海する海賊だ。

 そうして夢叶わず、多くの男達が死んでいったのだろう。
 きっと僕もその中の一人に加わる。

 確率的に、そうなる可能性の方が高い。

 年老いて、一人孤独に四畳半の狭い牢屋みたいな場所で、寂しく死んでいく自分の未来が見えた気がした。

 そんな、最悪な未来より、イライラする事は有っても、リサと笑いながら生きて行く未来が、凄く幸せだと思った。

 そこまで自分の選択が愚かだと、頭では理解しているのに、僕にとってリサと築く未来は、妥協した幸せだ

 リサが、優しくて暖かくて好きだと感じる度に、僕は自分の性質を呪った。





 リサに隠し撮りしといた彼女の寝顔写真を見せた。

 彼女は驚いて、いつのまに撮ったのか聞いて来た。

 僕が、「可愛いから撮った」と、お茶目に言うと悪戯がバレた子供の様な、ばつが悪そうな顔をして「消しといて」と言う彼女に、「もうちょい見てからね」と答えて携帯をしまった。


 一方的に弱みを握られたままじゃない事を示した事で、リサは本能的に僕の事を評価してくれるだろう。

 そして、僕が彼女の事を至高の存在と認識して無い事に彼女が気付いた時に、僕を従属させようとする意志を持たせない楔になる。

 僕の事を手懐けれる様な存在では無いと知った上で、僕に着いてくるか、立ち去るかしか選択肢は無い事を、彼女には良く分かってて貰わなければならない。

 航海の日は、もう迫っているのだから。