昨日の休み時間、隣のクラスの派手目でかっこいいと噂になっている守谷隼人(もりや はやと)くんが私たちのクラスのドアのところから顔を覗かせて、

「誰か、古典の教科書貸してー」

教室中に聞こえる声で教科書を借りに来たの。

知り合いじゃないし私には接点のない人だからさほど気にせず、友達の麻里とおしゃべりを続けていたんだ。


「古典? 私あるよ、貸そうか? うちらの古典の授業は明日の2時間目だからそれまでに返してよね」

守谷くんに応えたのはクラスで派手な女子グループにいる塩野さん。

そうだよね、派手な男の人には派手な女の人がお似合いだよ。

守谷くんも塩野さんも私とは対極にいる人たち。

私はどちらかと言えばクラスの中で目立つ存在ではなく、至って普通。

容姿だって普通だし、積極的に行動するタイプではない。

仲良くなった友達とは遠慮なく話せるのに、それほど親しくない人に対しては一歩距離を置いてしまうから同じクラスの女子のほとんどが私のことを名前ではなく苗字で呼ぶんだよね。

ドアのところで教室中に聞こえるように会話している塩野さんと守谷くんは私にとって一番遠い存在の人たちなんだ。

そんな事を塩野さんの声を聞きながらぼんやりと考えていたんだけど。

「お前じゃねーんだよ。 ねー! 羽瀬さん! 俺に古典貸してくんない?」

なんか名前を呼ばれた気がしたけど、気のせいだよね。

一緒にしゃべっている麻里だって私との話を止めないし。

「羽瀬さん、聞こえないの?」

やっぱり私が呼ばれてる?

呼ばれた方に顔を向けると、ドアから教室に入ってくる守谷くんと目が合った。

「ねー。羽瀬さん、俺に古典の教科書貸してくんない? 持ってるよね」

「え? わ、私?」

私の目の前に守谷くんが来て急に話し掛けてくるからびっくりして。

「羽瀬さんって他にもいんの? 君が羽瀬さんだろ?」

守谷くんの威圧感が凄くて上手く返事ができないから、無言で古典の教科書を机から引っ張り出して、無言で守谷くんに差し出した。

「サンキュ! これ明日の朝返すわ。じゃ!」

守谷くんは軽い感じで私にお礼を言って古典の教科書を受け取ると、あっという間に教室から出て行った。

呆気に取られている私のところに次に来たのは、さっき守谷くんに教科書を貸そうとして断られた塩野さん。

「ちょっと、羽瀬さん。あなた隼人と知り合いなの?」

そんなに不機嫌に言わなくてもいいのに。

「私、知り合いじゃないよ」

塩野さんはますます不機嫌になって。

「じゃあ、今のは一体何なのよ」

「さぁ・・・?」

私の返事が気に入らないのか、塩野さんは

「もういいわ。隼人に直接聞いてくるから」

そう言うと教室から出て行った。

私は塩野さんから友達の麻里に目線を移し麻里に目で言いたいことを訴えると、麻里も守谷くんの行動が不可解だったみたいで、私に守谷くんと知り合いだったのか聞いてきた。

「何だったの、今の。陽菜はもちろん守谷のこと知らないんだよね?」

「う、うん。初めて喋ったと思う。なんで私なんだろうね」

どうして守谷くんは私に教科書を借りに来たのだろう。

そしてなぜ守谷くんは私の名前を知っているのだろう。