そう自分に言い聞かせ、商店街の最奥に
ある接骨院の自動ドアをくぐる。と、すぐ
に入り口付近にある受付カウンターの中か
ら女性が声を掛けてくれた。

 「こんにちは、こちらは初めてですか?」

 「はい」

 「では問診票の記入をお願いします」

 「はい」

 スリッパに履き替え、木製のクリップ
ボードを受け取ると、待合室に並ぶ椅子に
腰かける。所々に観葉植物が配された院内
は明るく清潔感があり、無垢材で統一され
た空間はどこか温かみを感じた。

 施術を待つ患者数がそれほど多くないの
は、二回目から予約診療となっているから
だろう。凪紗は問診票の記入を終えると、
それを受付で渡しながら尋ねた。

 「あのう」

 「はい?」

 「院長の本宮先生に診てもらうことって
出来ますか?」

 「本宮ですか?ちょっと、確認しますね」

 わざわざ院長を指名してきた初診患者に
一瞬、女性は怪訝な顔をして見せたが、
予約票の確認を終えると朗笑してくれる。

 「四十分ほどお待ちいただければ、可能
ですよ」

 「待ちます。お願いします」

 「では、そちらに掛けてお待ちください」

 促されるまま、凪紗は椅子に腰かける。
 そして、通路の向こうにある施術室から
微かに聴こえる声に耳を欹てた。

 わたしが来たと知ったら彼はどんな顔を
するだろう?接骨院は他にもたくさんある。

 嘉一がいることをホームページで調べて
来たことくらい、すぐにバレるだろう。

 彼の反応を想像し、不安と緊張、そして
少しの期待に胸をどきどきさせながら凪紗
は名前を呼ばれるのを待った。



 それから一時間ほど待っただろうか。

 「小戸森さん、こちらへどうぞ」

 「はいっ」

 壁掛け時計をじっと見つめていた凪紗は、
カーテンから顔を覗かせた嘉一に、すっく、
と立ち上がった。

 嘉一が、ふ、と笑みを見せる。その笑み
にどうしようもない気恥ずかしさを感じな
がら、凪紗はカーテンの中に入った。


 「まさか、ここで君に会えるとは思わな
かった」

 「ごめんなさい。接骨院を受診するのは
初めてだから、あなたがいるところの方が
安心できると思って」

 施術台の横に突っ立ったまま俯く凪紗に、
嘉一が笑みを深める。短いタートルネック
の医療ウェア、ケーシーに身を包んだ嘉一
からは落ち着いた大人の色気が漂っている
気がして、真っ直ぐ顔を見ることが出来な
かった。