「いたっ!!ぴぃ助!!」

 思わず歓喜の声を上げてしまった凪紗に、
近づいてきた男性が、しぃ、と唇に人差し
指をあてる。その仕草に慌てて両手で口を
塞ぎ、凪紗はこくこくと頷いた。

 「もしかして、この子の飼い主さん?」

 「はい。わたしの不注意で逃がしてしま
って、ずっと探してたんです!」

 呑気に毛づくろいを始めたぴぃ助を涙目
で見ながら、口を塞ぎながら、凪紗は小声
で答える。まさか、通りすがりの人が保護
してくれていたなんて。不幸中の幸いとも
いえる状況に感謝しつつ、ぴぃ助から視線
を長身の男性の顔へと移した凪紗は、次の
瞬間、驚きのあまりぴぃ助を見つけた時よ
り大きく目を見開いた。

 「え、嘘っ。もしかして……本宮くん?」

 信じられない思いで問えば、男性は答え
るようにふわと眼鏡の向こうの目を細める。

 その目尻に細かな皺があろうと、口と顎
に品の良い髭を蓄えていようと、凪紗が彼
を見間違う筈がない。

 どんなに時が過ぎても心の奥に焼き付い
て消えなかった、かつての恋人の笑みが目
の前にあった。

 「まさか、迷いインコの飼い主が君だと
は思わなかった。久しぶりって言っていい
かわからないくらい久しぶりだけど、元気
にしてた?」

 「ええ、お陰さまで」

 三十年ぶりの再会に呼吸も瞬きも忘れて
いた凪紗は、はっと我に返ったようにぎこ
ちない笑みを浮かべ頷く。奇跡的な再会に
気持ちがふわふわしてしまったが、「好き
だけど別れよう」という言葉を残し自分の
元を去った『初カレ』、本宮嘉一にどんな
顔を向ければいいか、ほんの一瞬、迷って
しまった。

 そんな凪紗の胸中など気付かない様子で、
嘉一が顔を覗く。少しだけ距離が縮まって、
なぜか凪紗の心臓が、きゅっ、と締まる。

 「暗がりでも、すぐに君だとわかったよ。
あの頃と全然変わらないね」

 「そっ、そうかな?」

 果たして、これは誉め言葉だろうか?
 真っ直ぐ見つめてくる嘉一の視線を受け
止めきれず首を傾げて見せた凪紗は、ヨレ
ヨレのスウェット姿にすっぴんだ。クセの
ある長い亜麻色の髪は後ろで緩く纏めてい
るが、走り回ったせいで落ち武者のように
乱れているに違いなかった。

 「それにしても本当にびっくり。もしか
してこの辺に住んでるの?」

 「家はもう少し先だけど、実は、近くの
商店街で接骨院を経営していてね。帰路の
途中でたまたまこの子を見つけたんだ」

 「そう、接骨院を。あまり商店街に足を
運ぶことがないから知らなかった。同じ街
にあなたがいたなんて、なんだか不思議ね」

 昔を懐かしむように互いに目を細めると、
大人しくしていたぴぃ助が「フミヤ、フィ」
と鳴き声を上げる。そして、ふるふると体
を震わせ羽を膨らませたかと思うと、あろ
うことか脱糞した。