地下街を行き交う人波に紛れカツカツと
ヒールを鳴らしてゆくと、不意に鞄の中の
携帯が振動した。
もしかして嘉一かな?
そう思い、歩きながら携帯を取り出して
みると、液晶に『史也』の名が表示されて
いる。珍しいことがあるものだと目を瞬き、
通話ボタンに触れる。そして家を出てから
というもの、ろくに連絡も寄越さなくなっ
た息子に凪紗は嫌味を込めて言った。
「もしもぉーし、どちら様ですか?」
わざとらしく言って耳を澄ます。
すると、なぜか蚊の鳴くような息子の声
が返ってきた。
『……やばい。マジで、死ぬかも』
電話の向こうのただならぬ気配にピタリ
と歩を止めると、凪紗は眉を顰め、携帯を
握り締める。
「どうしたの!何かあったの!?」
冗談でこんなことを言ってくる息子では
ない。きっと何か大変なことが起きたのだ。
そう思えば、どくどくと鼓動が早なって
しまう。母親の声を聞いてほっとしたのか、
史也は、スンと洟を啜り事情を話し始めた。
『実は、バイト先でコップ洗ってる時に
ざっくり手ぇ切っちゃってさ。傷が深いか
ら病院行こうと思って帰って来たんだけど』
「もうっ!だから怪我しないように手袋
して洗いなさいって言ったのに!傷が深い
って、どれくらい深いの!?」
怒っちゃいけない。
史也が悪いわけじゃない。
わかっていても心配が過ぎて、つい怒り
たくなってしまう。すると史也は消え入り
そうな声で、怖ろしいことを言った。
『……なんか骨見えてるんだけど』
「ほっ、骨っ!?」
あまりのショックで声をひっくり返した
凪紗に、周囲を歩く人たちが怪訝な視線を
投げかける。
「ヤダっ、どうしてそんなことに」
泣きそうな声で言って、オロオロと髪を
掻き毟った凪紗に、史也はさらに惨状を告
げた。
『血が止まんなくて、タオル巻き付けて
帰って来たんだけど。保険証探してるうち
にタオルが真っ赤になって……気持ち悪い』
貧血を起こしてしまったのだろうか?
まさか、手を切ったくらいで出血多量で
死ぬことはないだろうけど。いや、手首を
切って死ぬ人がいるのだ。もしかしたら、
早く処置をしないと危ないのかも知れない。
心配と苛立ちから爪を噛んでいた凪紗は、
切羽詰まった声で言った。
「とにかく、病院に行かなきゃ。こっち
でタクシーの手配してあげるから、それに
乗って夜間救急に行きなさい。お母さんも
いまからそっち行くから、病院についたら
連絡して!」
『……そんな、いいよ。来なくて』
「何言ってるの!こんな時に親に遠慮す
る必要ないの!新幹線飛び乗れば二時間で
着くから待ってて。いいわね!』
そう言うと凪紗は電話を切り、タクシー
の手配をする。そして、中央線を目指して
早足で歩きながらネットで新幹線の自由席
を予約した。
ヒールを鳴らしてゆくと、不意に鞄の中の
携帯が振動した。
もしかして嘉一かな?
そう思い、歩きながら携帯を取り出して
みると、液晶に『史也』の名が表示されて
いる。珍しいことがあるものだと目を瞬き、
通話ボタンに触れる。そして家を出てから
というもの、ろくに連絡も寄越さなくなっ
た息子に凪紗は嫌味を込めて言った。
「もしもぉーし、どちら様ですか?」
わざとらしく言って耳を澄ます。
すると、なぜか蚊の鳴くような息子の声
が返ってきた。
『……やばい。マジで、死ぬかも』
電話の向こうのただならぬ気配にピタリ
と歩を止めると、凪紗は眉を顰め、携帯を
握り締める。
「どうしたの!何かあったの!?」
冗談でこんなことを言ってくる息子では
ない。きっと何か大変なことが起きたのだ。
そう思えば、どくどくと鼓動が早なって
しまう。母親の声を聞いてほっとしたのか、
史也は、スンと洟を啜り事情を話し始めた。
『実は、バイト先でコップ洗ってる時に
ざっくり手ぇ切っちゃってさ。傷が深いか
ら病院行こうと思って帰って来たんだけど』
「もうっ!だから怪我しないように手袋
して洗いなさいって言ったのに!傷が深い
って、どれくらい深いの!?」
怒っちゃいけない。
史也が悪いわけじゃない。
わかっていても心配が過ぎて、つい怒り
たくなってしまう。すると史也は消え入り
そうな声で、怖ろしいことを言った。
『……なんか骨見えてるんだけど』
「ほっ、骨っ!?」
あまりのショックで声をひっくり返した
凪紗に、周囲を歩く人たちが怪訝な視線を
投げかける。
「ヤダっ、どうしてそんなことに」
泣きそうな声で言って、オロオロと髪を
掻き毟った凪紗に、史也はさらに惨状を告
げた。
『血が止まんなくて、タオル巻き付けて
帰って来たんだけど。保険証探してるうち
にタオルが真っ赤になって……気持ち悪い』
貧血を起こしてしまったのだろうか?
まさか、手を切ったくらいで出血多量で
死ぬことはないだろうけど。いや、手首を
切って死ぬ人がいるのだ。もしかしたら、
早く処置をしないと危ないのかも知れない。
心配と苛立ちから爪を噛んでいた凪紗は、
切羽詰まった声で言った。
「とにかく、病院に行かなきゃ。こっち
でタクシーの手配してあげるから、それに
乗って夜間救急に行きなさい。お母さんも
いまからそっち行くから、病院についたら
連絡して!」
『……そんな、いいよ。来なくて』
「何言ってるの!こんな時に親に遠慮す
る必要ないの!新幹線飛び乗れば二時間で
着くから待ってて。いいわね!』
そう言うと凪紗は電話を切り、タクシー
の手配をする。そして、中央線を目指して
早足で歩きながらネットで新幹線の自由席
を予約した。



