~Last Love~ あなたの心に触れるまで

 どくりと鼓動が鳴って熱い何かが身体を
駆け巡る。心の奥底に蓋をしたまま閉じ込
めていたはずの想いが、瞬時に溢れ出した。

 やっぱり嘉一が好きだ。
 いままで出会った人の中でいちばん。

 そう心の中で呟くと、凪紗は別の言葉に
想いを託す。

 「ねぇ」

 「ん?」

 道の真ん中に立ち止まったままで自分を
見上げる凪紗に、嘉一の声は場違いなほど
やさしかった。

 「映画観に行かない?『ローマの休日』、
いま製作七十周年記念で再上映してるの」

 驚いたように嘉一が目を見開く。
 あの時、観ることが叶わなかった映画が
再上映されているのだ。三十年前は製作
四十周年記念で、やはりクリスマスシーズ
ンに上映されていた。美しいローマの街を
舞台にしたラブロマンス、『ローマの休日』。
永遠の名作を、いまはレストア版で観る
ことが出来る。

 「いいよ。観よう、一緒に」

 深く穏やかな嘉一の声が凪紗の心を震わ
せる。口を開けば涙が滲んでしまいそうで、
凪紗は声もなく頷いた。

 再び肩を並べ歩き出した二人の手は繋が
れることはなかったけれど。色褪せていた
赤い糸が三十年の時を経て染まり始めたよ
うな甘い予感に、凪紗の鼓動はいつまでも
早鐘を打っていた。




 次の週末。
 凪紗は久方ぶりにデート服に身を包み、
最寄り駅に通じる地下街を歩いていた。

 朝から悩みに悩んで選んだ秋冬コーデは、
着ぶくれしないよう甘めの白いブラウスに
黒のスキニーパンツ。ノーカラーのウール
コートはアイボリーで、同系色のパンプス
にはヒール部分に小さなパールがあしらわ
れている。

 「ぴぃ助、どう?気取り過ぎじゃない?」

 「フミヤカワイイ、フィィ♪」

 「はいはい。史也は可愛いし会いたいけ
ど、今日はデートなの」

 凪紗の言葉にコテっと首を傾げるぴぃ助
に笑みを零しつつ、家を出たのは宵の口で。

 『ローマの休日』をレイトショーで観る
約束をした嘉一とは、映画館で待ち合わせ
をしている。映画を観た後の予定は未定だ
が、きっとどこかの居酒屋に入るのだろう。

 そう思いながらも、万が一、彼とそうな
っても大丈夫なように下着は新しいものを
つけているけれど。

 絶対、そんなコトにはならないはずだ。
 まだ、付き合ってるワケじゃないし。

 そんな風に自分に言い聞かせてしまうの
は、何も起きなかった時、がっかりしてし
まう自分が想像できるからだった。