~Last Love~ あなたの心に触れるまで

 フェリーは交通費が安く済むが東京まで
十九時間はかかる。そして、そんな労力を
使ってまで会いに来てくれたはずの嘉一と、
凪紗は会えていないのだ。あの頃は携帯も
なく、二人はポケベルも持っていなかった。

 凪紗は彼に会えなくなった寂しさを紛ら
わそうと、友人に誘われた飲み会にひょこ
ひょこ行ってしまったことを思い出す。

 確か天体観測サークルの飲み会だったか。

 入会してない学生もたくさん来るという
その飲み会は、出会いの場でもあるのだと。
 そう気付いたのは、隣に座った二つ上の
先輩にしつこく言い寄られてからで。店を
出た凪紗の手を引き、強引に二人で抜けよ
うと言い出したその人から逃げるのが大変
だった。

 嘉一と視線を交わしたままその時のこと
を思い出した凪紗は、はっ、と目を見開く。

 まさか、そんな。

 確かめるように、怯えるように嘉一の顔
を覗くと、彼はまた目を伏せた。

 「こういうのを、神様の悪戯っていうの
かも知れないな。駅を降りて歩き出した僕
は、見知らぬ男性に手を引かれて歩く君を
見つけてしまった」

 「違うの、あれはね」

 「わかってる。君はそういう人じゃない。
だけどその時の僕には、別の人に手を引か
れて歩く君がまったく知らない女性に見え
たんだ。僕が会えない間に君が変わってし
まう気がして、怖かった。僕を好きだと
言ってくれる君を、信じられなくなるのが
怖かったのかも知れない。『あいつは誰な
んだ』って訊けるほど、あの頃の僕は強く
なかったし、自分に自信もなかったから」

 神様の悪戯さえなければ、二人には違っ
た未来が待っていたのだろうか。それとも、
ただ互いが未熟だったから恋を守れなかっ
たのだろうか。考えたところで、時を巻き
戻せるわけじゃない。

 凪紗は細く息を吐くと、彼との間に横た
わっていた沈黙を破った。

 「本当のこと、訊けて良かった。知らな
いうちにあなたを傷つけていたと思うと、
浅はかだった自分を殴ってやりたい気分に
なるけど」

 ゴツン、と拳で頭を殴る仕草をして見せ
た凪紗に、嘉一は白い歯を見せる。

 「お互い、子どもだったんだな」

 「まだ十九だったものね。若かったなぁ」

 「まさか、こんな風に君と話す日が来る
とは思ってもみなかった」

 「ほんと!今回は神様の悪戯に感謝ね!」

 二人で顔を見合わせ、肩を揺らす。
 そして笑んだままで凪紗は割り箸を手に
取った。

 「ねぇ、食べよう。すっかり冷めちゃっ
たけど、『ふわふわだし巻き卵』、この店の
一番人気なんだって」

 「柔らかくて旨そうだな。カルパッチョ
も新鮮なうちに食べよう」

 互いの小皿を交換するようにして料理を
取り分ける。やがて店員が追加のビールを
持ってくると、二人は遠い日の思い出話に
花を咲かせたのだった。