数日後。
嘉一と訪れた店は、路地裏にある大人の
隠れ家的な創作料理屋だった。暖簾をくぐ
り店内に足を踏み入れれば、さらさらと流
れる水音が店全体に聞こえ、柔らかなダウ
ンライトが癒しの空間を演出している。
プライベートを重視した全室個室の造り
は、けれど窮屈さを感じさせず、落ち着い
た和室に通された二人は向かい合って掘り
炬燵に座っていた。
「感じのいい店だね。いつも来てるの?」
まずはビールで乾杯し、お通しの小鉢を
突いていた凪紗は、その言葉に首を振る。
「わたしも初めて来たの。いつか息子が
お酒を呑めるようになったら一緒に来たい
なと思って、チェックはしてたんだけどね」
面映ゆい表情をして言えば、嘉一は何か
を訊きたそうに凪紗を覗く。その顔に凪紗
が目を瞬くと、彼はビールを半分ほど喉に
流し込んだ。
「苗字が変わってなかったけど……息子
さんがいるんだ」
「ああ」
そのことか、と凪紗は肩を竦める。
カルテを見た時に聞かれなかったことも
あり、まだ何も伝えていなかった。
「実はね、バツイチなの。大学院で知り
合った人と結婚したんだけど。息子が三歳
の時に離婚して、それからずーっと独り身。
あなたは?」
「僕?」
「うん」
「実は僕もバツイチ」
「そうなんだ!?」
内心、奥さんがいると言われたらどうし
ようかと、どきどきしながら質問を返した
凪紗は、嘉一の言葉に少々大袈裟に反応し
てしまう。けれど、気を悪くした風もなく、
嘉一は「仲間だな」と笑った。
「なんだか、ちょっと意外。誠実で真面
目なあなたが、そういうことになるなんて」
まだ、ぜんぜん酔いは回っていない。
素面と言える状態で話すには、些か重い
話題だとわかっている。それでも知りたい
という思いを押し留めることが出来なくて、
凪紗は箸を置き、身を乗り出した。
「別れた理由とか、訊いていい?」
窺うように顔を覗けば、彼は笑みを止め、
小首を傾げて見せる。
「理由か、どういえばいいかな。性格の
不一致ってことになるのかも知れないけど」
「知れないけど?」
ぐいぐいくる凪紗に苦笑すると、嘉一は
細く息を吐き出した。
「最終的には、向こうにオトコが出来て
家を出てっちゃったんだ。でも彼女にそう
させてしまったのは自分だと思ってるから、
恨んでないし、悪く言うつもりもないよ」
嘉一と訪れた店は、路地裏にある大人の
隠れ家的な創作料理屋だった。暖簾をくぐ
り店内に足を踏み入れれば、さらさらと流
れる水音が店全体に聞こえ、柔らかなダウ
ンライトが癒しの空間を演出している。
プライベートを重視した全室個室の造り
は、けれど窮屈さを感じさせず、落ち着い
た和室に通された二人は向かい合って掘り
炬燵に座っていた。
「感じのいい店だね。いつも来てるの?」
まずはビールで乾杯し、お通しの小鉢を
突いていた凪紗は、その言葉に首を振る。
「わたしも初めて来たの。いつか息子が
お酒を呑めるようになったら一緒に来たい
なと思って、チェックはしてたんだけどね」
面映ゆい表情をして言えば、嘉一は何か
を訊きたそうに凪紗を覗く。その顔に凪紗
が目を瞬くと、彼はビールを半分ほど喉に
流し込んだ。
「苗字が変わってなかったけど……息子
さんがいるんだ」
「ああ」
そのことか、と凪紗は肩を竦める。
カルテを見た時に聞かれなかったことも
あり、まだ何も伝えていなかった。
「実はね、バツイチなの。大学院で知り
合った人と結婚したんだけど。息子が三歳
の時に離婚して、それからずーっと独り身。
あなたは?」
「僕?」
「うん」
「実は僕もバツイチ」
「そうなんだ!?」
内心、奥さんがいると言われたらどうし
ようかと、どきどきしながら質問を返した
凪紗は、嘉一の言葉に少々大袈裟に反応し
てしまう。けれど、気を悪くした風もなく、
嘉一は「仲間だな」と笑った。
「なんだか、ちょっと意外。誠実で真面
目なあなたが、そういうことになるなんて」
まだ、ぜんぜん酔いは回っていない。
素面と言える状態で話すには、些か重い
話題だとわかっている。それでも知りたい
という思いを押し留めることが出来なくて、
凪紗は箸を置き、身を乗り出した。
「別れた理由とか、訊いていい?」
窺うように顔を覗けば、彼は笑みを止め、
小首を傾げて見せる。
「理由か、どういえばいいかな。性格の
不一致ってことになるのかも知れないけど」
「知れないけど?」
ぐいぐいくる凪紗に苦笑すると、嘉一は
細く息を吐き出した。
「最終的には、向こうにオトコが出来て
家を出てっちゃったんだ。でも彼女にそう
させてしまったのは自分だと思ってるから、
恨んでないし、悪く言うつもりもないよ」



