~Last Love~ あなたの心に触れるまで

 「良かった。一回の施術で治るとは思え
ないけど、違和感が和らいだなら足首の調
整は正解かな。次は、小戸森さんの都合の
良いときに予約を入れて来てください」

 そう言ってカルテに何かを書き込み始め
た嘉一は『院長』の顔をしていて、凪紗は
少し遠くなってしまった横顔を見つめる。

 このまま「ありがとうございました」と
患者の顔をしてここを去るべきだ。そう思
うのに、もっと彼と話したい、そしていま
の彼を知りたいという気持ちが、金縛りの
ように凪紗の足を縛り付けた。

 施術室を出て行こうとしない凪紗に気付
き、嘉一がカルテから視線を上げる。

 「どうしました?」

 「あっ、あのっ」

 「……」

 「この間、ぴぃ助が汚しちゃったコート
のお詫びがしたくて」

 「ああ、あれならいいよ。濡れた布巾で
拭いたらすぐに落ちたし」

 「っ、でも。あなたが見つけてくれなか
ったら、ぴぃ助を捕まえられなかったと思
うし。……だからその」

 言い出したものの、その先の言葉が見つ
からず、凪紗はせわしなく視線を泳がせる。

 やっぱり迷惑だった。
 言わなきゃ良かった。
 気持ち悪いと思われたらどうしよう。

 そう後悔し始めた時だった。
 ふっ、と嘉一が目を細めた。

 その表情に、突っ立ったまま凪紗が呆け
ていると、彼は懐から取り出した名刺に何
かを記し、渡してくれる。

 声もなく名刺に目を落とせば、そこには
携帯番号と共に「いつでも連絡ください」、
と書き添えられていた。

 「次回の予約は会計の時に受付で出来ま
すよ。気を付けてお帰りください」

 嘉一が口にした言葉は患者と施術者のそ
れだったが、向けられる眼差しは三十年の
時を巻き戻したようにやさしくて。

 凪紗は名刺を手に笑みを返すと、まるで
魔法をかけられたお姫さまのような心地で
白いカーテンをくぐったのだった。