しまった。鳥って飛べるんだった。

 ゴミを捨てに行こうと玄関のドアを開け
た瞬間、バササッという羽音と共に耳元を
掠めるようにして夜空に舞ってしまったオ
カメインコに、凪紗は呆然としてしまう。

 まさか逃げるとは思わなかった、なんて
自分に言い訳したところで『ぴぃ助』が
戻ってくる筈もなく。凪紗は手にしていた
ゴミ袋を足元に置くと、慌ててマンション
の階段を駆け下りていった。

 そして重い鉄扉を開け、外通路が面して
いるマンションの反対側に回る。

 「ぴぃ助っ!!ぴぃ助ぇーっ!!」

 近所迷惑を気にしながらも必死に名を呼
べば、どこからともなく『フィィ、フィィ』
と鳴き声が聞こえてくる。が、爽秋の夜風
に散らされた鳥の声は遠く、凪紗はぴぃ助
を見つけられないまましばらく辺りを走り
回った。

 「どうしよう。ぴぃ助、どこにいるの?」

 やがて走り疲れた凪紗は、額に滲んだ汗
を拭い街灯の下で立ち止まる。鬱蒼と公道
にまで茂る民家の庭木やゴミ収集場、月極
駐車場の車の下。ぴぃ助が隠れていそうな
場所を探してみたが、黄色い羽のオカメイ
ンコの姿はどこにもなく、もはや鳴き声さ
えも聞こえない。

 ペットショップの店員が「羽根切りして
いるから飛んで逃げることはない」と言っ
たのだ。けれど、その言葉を鵜呑みにした
のがいけなかった。

 もっとも、ぴぃ助を我が家に迎えたのは
半年前で、それだけ時間が経てば羽が伸び
て普通に飛べるのかも知れないけれど。

 とぼとぼと、凪紗は来た道を戻り始める。
 このまま見つからなかったら、ぴぃ助は
『野良インコ』になってしまうのかな?

 野生のオカメインコがオーストラリアに
生息しているというネット情報を思い出し、
ついそんなつまらないことを考えてしまう。

 考えた矢先、目の前を真っ黒な野良猫が
通り過ぎて、凪紗はぶんぶんと首を振った。

 人に飼われていたインコが野生に還って
生きられる訳がない。早く見つけてあげな
いと、野良猫に食べられてしまう。

 そう思い、マンションへ引き返そうとし
ていた足を止めた時だった。

 「フミヤカワイイ♪フミヤ、フィィ」

 聞き覚えのある囀りが聞こえて、凪紗は
辺りを見回した。

 すると、自宅マンションの斜め向かいに
ある定食屋の前に男性が立っている。暗が
りの中、自転車を引きながらこちらに向か
って来ようとする男性の肩を見れば、淡い
黄色の羽をしたオカメインコが、ちょこん
と止まっていた。