セヴェリ様を寝かしつけた後、私はなかなか寝付けずにいた。
寝台の上でゴロゴロと寝返りを打っている間に、朝を迎えてしまう。
「朝になってしまったわ……」
別段何かが変わったような実感も無い、何の変哲もない朝を迎えた。
エルヴァスティ公爵邸で働くメイドたちがやって来て身支度をしてくれている間も、いつもと変わらない。
本当にセヴェリ様が元に戻ったのかわからなくて、不安になってしまう。
「あの……、セヴェリ様は元の姿に戻りましたか?」
「ええ、今はすっかり大人の姿になっていますよ。部屋の外でクレーモラ嬢を待っていらっしゃいます」
「……え?!」
最後に髪を結い終わると、メイドが扉を開けてセヴェリ様を中に招いてくれた。
ドキドキとして見守っていると、大人のセヴェリ様が部屋の中に入って来る。
「ユスティーナ!」
視線が交わると、セヴェリ様の表情が、ぱっと明るくなる。
子どものセヴェリ様がそうしてくれていたように、私の顔を見て喜んでくれたのだ。
いつものように、私を抱きしめようと、手を伸ばして――。
「セ、セヴェリ様! あの、元に戻ってよかったです……!」
大人のセヴェリ様の笑顔には破壊力があり、思わずたじろいでしまった。
以前のセヴェリ様はちっとも笑わなかったから、初めて見るのだ。
美形の笑顔は心臓に悪い。
胸が軋むような、妙な感覚がした。
「……」
「……」
セヴェリ様は行き場のない手を見て、頬を赤く染めた。
そのような大人のセヴェリ様を見るのもまた、初めてで。
どのように声を掛けたらいいのかわからない。
「すみません。これは……その、子どもになっていた頃の名残で……」
「そ、そうですか」
丁寧な口調は、初めて出会った日と同じで。
以前は冷たい氷のように思えた瞳が、今では美しい空の色のように映る。
ただ、セヴェリ様はバツが悪そうな表情になり、そのまま黙ってしまった。
会話が続かなくて気まずい。
「子どもになっていた頃の記憶は残っているのですか?」
「……そう、ですね」
気のせいかもしれないが、以前よりも私に向ける眼差しが柔らかくなっている気がする。
もしかして、と微かな期待を抱いた。
「セヴェリ様は私の笑顔や、髪や瞳の色がお好き……なのでしょうか?」
「……っ!?」
動揺して肩を揺らしているけど、否定はしない。それが嬉しかった。
子どものセヴェリ様とはお互いの好きなところを伝え合っていた。
大人のセヴェリ様とも、そのような仲でいたいと願う。
「私もセヴェリ様の銀色の髪が好きです。素敵な絵画を見ているような気持ちになりますから」
「ユスティーナ……あ、あの……」
セヴェリ様は口元を手で覆うと、黙ってしまった。
困っているようにも、照れているようにも見える。
「す、すみません。少し風に当たってきます……!」
「セヴェリ様?!」
そう言ったきり、目にも留まらぬ速さで部屋から出て行ってしまった。
「に、逃げた……?!」
呆気に取られていると、メイドたちがやれやれと溜息をついているのが聞こえてくる。
私の婚約者は無口で不愛想な氷の貴公子ではなく――。
本当は、恥ずかしがり屋のようだ。
その後、朝食の間もセヴェリ様は現れなかった。
私は一人でペリウィンクル王立魔法学園に登校することになる。
*:;;;:*゜。+☆+。゜+*:;;;:*
セヴェリ様も私とは別の馬車に乗って学園に来たらしいのだが、何故か会えない。
教室に行っても姿がなく、避けられているような気がする。
「もしかして、前より関係が悪化している?!」
正直に言うと、セヴェリ様が大人に戻ったら関係が改善されるかもしれないと期待していたのだ。
突きつけられた現実に打ちひしがれ、力なく廊下の壁に寄りかかる。
朝から授業の合間にセヴェリ様を探しているのに一向に会えず、もはや体力が尽きそうだ。
学園で会うのはもう諦めよう。
どのみち、エルヴァスティ公爵邸に帰ったら会えるはず……だから。
今は気を取り直して、学級委員長の仕事に取り組もう。
そう自分に言い聞かせていると、どこからともなく高笑いが聞こえて来た。
「――その話、聞かせていただきましたわ!」
気付けばアレクサンドラ様が目の前に居て、私の両手を握りしめている。
「やはりセヴェリ様にユスティーナ様を任せられませんわ! 今すぐ婚約破棄してわたくしの兄と婚約しましょう!」
「ど、どうしてそうなるんですか?!」
「一先ず会ってみてくださいな! 話はそれからですわ!」
押しが強いアレクサンドラ様は本気でこのまま私を王太子殿下に会わそうとしている。
ぐいぐいと引っ張られて困惑していると、どこからともなく現れた大きな手が、私の手に触れた。
「――ユスティーナを放してください」
振り返ればセヴェリ様がいて。
「ユスティーナは私の婚約者です。勝手なことをされては、相手が王女殿下であれど黙っていられません」
空いている方の腕で私を引き寄せた。
「セヴェリ様、ここで会ったが百年目ですわ! 観念してユスティーナ様をわたくしに譲りなさい!」
「断ります。いい加減にユスティーナを諦めてください。誰にも渡しませんから」
「あら、散々蔑ろにしたくせに、今更縋るおつもりですの?」
アレクサンドラ様の言葉に、セヴェリ様は身を固くした。
「……そうです。いつユスティーナに捨てられてもおかしくない事をしていましたので、これから償うつもりです」
セヴェリ様は膝を突いて私の手を額に当てる。
その様子が、懺悔しているようにも、誓いをしているようにも見えた。
「セ、セヴェリ様……?!」
「本当に、申し訳ありませんでした。ユスティーナの本当の気持ちを知らず、散々傷つけてきた罪を、この先償っていきます。だからどうか、私のことを捨てないでください」
事実、セヴェリ様の言動に傷ついていた。
それでも、私たちの間に行き違いがあった事や、こうして向き合ってくれているセヴェリ様が本当のセヴェリ様だということが分かったから。
私は、セヴェリ様と一緒に前に進みたい。
「今朝も、無礼な態度を取って本当に申し訳ありませんでした。これまでユスティーナにしてきたこと思うと罪悪感に苛まれていました。それなのに、ユスティーナが好きだと言ってくれたのが嬉しくて……頭の中がいっぱいいっぱいで、逃げ出してしまったのです」
今のセヴェリ様ならきっと、子どものセヴェリ様がそうしてくれたように、ひたむきな愛情を向けてくれると思うから。
「セヴェリ様、子どもに戻ったころの記憶は全部、覚えていらっしゃるんですよね?」
「……ええ。ユスティーナと話した内容も、一緒に遊んでくれた時のことも、全て覚えています」
「素直な気持ちを伝えてくれるセヴェリ様が大好きだと言ったことも?」
「はい。大好きなユスティーナがくれた言葉は全て、宝物ですから」
照れくさそうに目を伏せているのが可愛らしくて、自然と頬が緩む。
天使のようなセヴェリ様が、そのまま大人になって戻って来てくれたのが嬉しくて。
「セヴェリ様、おかえりなさい」
「ただいま……戻りました。ずっと側にいてくれてありがとうございます」
子どものセヴェリ様にしていたように抱きしめてみると、ぎこちないながらも抱きしめ返してくれた。
その時、セヴェリ様の胸に顔を押し当てていた私は見えていなかったのだけど、セヴェリ様は幸せそうに微笑んでいたらしい。
目撃した生徒たちは「氷の貴公子が溶けた」と騒めき、瞬く間に学校中の生徒たちに知れ渡ったそうだ。
寝台の上でゴロゴロと寝返りを打っている間に、朝を迎えてしまう。
「朝になってしまったわ……」
別段何かが変わったような実感も無い、何の変哲もない朝を迎えた。
エルヴァスティ公爵邸で働くメイドたちがやって来て身支度をしてくれている間も、いつもと変わらない。
本当にセヴェリ様が元に戻ったのかわからなくて、不安になってしまう。
「あの……、セヴェリ様は元の姿に戻りましたか?」
「ええ、今はすっかり大人の姿になっていますよ。部屋の外でクレーモラ嬢を待っていらっしゃいます」
「……え?!」
最後に髪を結い終わると、メイドが扉を開けてセヴェリ様を中に招いてくれた。
ドキドキとして見守っていると、大人のセヴェリ様が部屋の中に入って来る。
「ユスティーナ!」
視線が交わると、セヴェリ様の表情が、ぱっと明るくなる。
子どものセヴェリ様がそうしてくれていたように、私の顔を見て喜んでくれたのだ。
いつものように、私を抱きしめようと、手を伸ばして――。
「セ、セヴェリ様! あの、元に戻ってよかったです……!」
大人のセヴェリ様の笑顔には破壊力があり、思わずたじろいでしまった。
以前のセヴェリ様はちっとも笑わなかったから、初めて見るのだ。
美形の笑顔は心臓に悪い。
胸が軋むような、妙な感覚がした。
「……」
「……」
セヴェリ様は行き場のない手を見て、頬を赤く染めた。
そのような大人のセヴェリ様を見るのもまた、初めてで。
どのように声を掛けたらいいのかわからない。
「すみません。これは……その、子どもになっていた頃の名残で……」
「そ、そうですか」
丁寧な口調は、初めて出会った日と同じで。
以前は冷たい氷のように思えた瞳が、今では美しい空の色のように映る。
ただ、セヴェリ様はバツが悪そうな表情になり、そのまま黙ってしまった。
会話が続かなくて気まずい。
「子どもになっていた頃の記憶は残っているのですか?」
「……そう、ですね」
気のせいかもしれないが、以前よりも私に向ける眼差しが柔らかくなっている気がする。
もしかして、と微かな期待を抱いた。
「セヴェリ様は私の笑顔や、髪や瞳の色がお好き……なのでしょうか?」
「……っ!?」
動揺して肩を揺らしているけど、否定はしない。それが嬉しかった。
子どものセヴェリ様とはお互いの好きなところを伝え合っていた。
大人のセヴェリ様とも、そのような仲でいたいと願う。
「私もセヴェリ様の銀色の髪が好きです。素敵な絵画を見ているような気持ちになりますから」
「ユスティーナ……あ、あの……」
セヴェリ様は口元を手で覆うと、黙ってしまった。
困っているようにも、照れているようにも見える。
「す、すみません。少し風に当たってきます……!」
「セヴェリ様?!」
そう言ったきり、目にも留まらぬ速さで部屋から出て行ってしまった。
「に、逃げた……?!」
呆気に取られていると、メイドたちがやれやれと溜息をついているのが聞こえてくる。
私の婚約者は無口で不愛想な氷の貴公子ではなく――。
本当は、恥ずかしがり屋のようだ。
その後、朝食の間もセヴェリ様は現れなかった。
私は一人でペリウィンクル王立魔法学園に登校することになる。
*:;;;:*゜。+☆+。゜+*:;;;:*
セヴェリ様も私とは別の馬車に乗って学園に来たらしいのだが、何故か会えない。
教室に行っても姿がなく、避けられているような気がする。
「もしかして、前より関係が悪化している?!」
正直に言うと、セヴェリ様が大人に戻ったら関係が改善されるかもしれないと期待していたのだ。
突きつけられた現実に打ちひしがれ、力なく廊下の壁に寄りかかる。
朝から授業の合間にセヴェリ様を探しているのに一向に会えず、もはや体力が尽きそうだ。
学園で会うのはもう諦めよう。
どのみち、エルヴァスティ公爵邸に帰ったら会えるはず……だから。
今は気を取り直して、学級委員長の仕事に取り組もう。
そう自分に言い聞かせていると、どこからともなく高笑いが聞こえて来た。
「――その話、聞かせていただきましたわ!」
気付けばアレクサンドラ様が目の前に居て、私の両手を握りしめている。
「やはりセヴェリ様にユスティーナ様を任せられませんわ! 今すぐ婚約破棄してわたくしの兄と婚約しましょう!」
「ど、どうしてそうなるんですか?!」
「一先ず会ってみてくださいな! 話はそれからですわ!」
押しが強いアレクサンドラ様は本気でこのまま私を王太子殿下に会わそうとしている。
ぐいぐいと引っ張られて困惑していると、どこからともなく現れた大きな手が、私の手に触れた。
「――ユスティーナを放してください」
振り返ればセヴェリ様がいて。
「ユスティーナは私の婚約者です。勝手なことをされては、相手が王女殿下であれど黙っていられません」
空いている方の腕で私を引き寄せた。
「セヴェリ様、ここで会ったが百年目ですわ! 観念してユスティーナ様をわたくしに譲りなさい!」
「断ります。いい加減にユスティーナを諦めてください。誰にも渡しませんから」
「あら、散々蔑ろにしたくせに、今更縋るおつもりですの?」
アレクサンドラ様の言葉に、セヴェリ様は身を固くした。
「……そうです。いつユスティーナに捨てられてもおかしくない事をしていましたので、これから償うつもりです」
セヴェリ様は膝を突いて私の手を額に当てる。
その様子が、懺悔しているようにも、誓いをしているようにも見えた。
「セ、セヴェリ様……?!」
「本当に、申し訳ありませんでした。ユスティーナの本当の気持ちを知らず、散々傷つけてきた罪を、この先償っていきます。だからどうか、私のことを捨てないでください」
事実、セヴェリ様の言動に傷ついていた。
それでも、私たちの間に行き違いがあった事や、こうして向き合ってくれているセヴェリ様が本当のセヴェリ様だということが分かったから。
私は、セヴェリ様と一緒に前に進みたい。
「今朝も、無礼な態度を取って本当に申し訳ありませんでした。これまでユスティーナにしてきたこと思うと罪悪感に苛まれていました。それなのに、ユスティーナが好きだと言ってくれたのが嬉しくて……頭の中がいっぱいいっぱいで、逃げ出してしまったのです」
今のセヴェリ様ならきっと、子どものセヴェリ様がそうしてくれたように、ひたむきな愛情を向けてくれると思うから。
「セヴェリ様、子どもに戻ったころの記憶は全部、覚えていらっしゃるんですよね?」
「……ええ。ユスティーナと話した内容も、一緒に遊んでくれた時のことも、全て覚えています」
「素直な気持ちを伝えてくれるセヴェリ様が大好きだと言ったことも?」
「はい。大好きなユスティーナがくれた言葉は全て、宝物ですから」
照れくさそうに目を伏せているのが可愛らしくて、自然と頬が緩む。
天使のようなセヴェリ様が、そのまま大人になって戻って来てくれたのが嬉しくて。
「セヴェリ様、おかえりなさい」
「ただいま……戻りました。ずっと側にいてくれてありがとうございます」
子どものセヴェリ様にしていたように抱きしめてみると、ぎこちないながらも抱きしめ返してくれた。
その時、セヴェリ様の胸に顔を押し当てていた私は見えていなかったのだけど、セヴェリ様は幸せそうに微笑んでいたらしい。
目撃した生徒たちは「氷の貴公子が溶けた」と騒めき、瞬く間に学校中の生徒たちに知れ渡ったそうだ。



