王宮とも引けを取らない豪奢な邸宅の一室で、私は婚約者――セヴェリ様の両親と、セヴェリによく似た少年と向き合っている。

 この少年はセヴェリ様に、本当によく似ている。

 さらさらとした銀色の髪に、透き通った氷のような水色の瞳。
 鼻筋はすっと通っており、唇は薄く形が良い。
 長い睫毛は頬に繊細な影を落としており、精巧に作られた人形のようだ。

 ただ、目の前にいる少年はセヴェリ様とは違い、子どもらしいふっくらとした頬で柔らかな印象があり――おまけに、私を見て微笑んでくれる。

 婚約者のセヴェリ様は、無口で不愛想で、私を見ても眉間に皺を寄せるだけ。
 小匙一杯ほど愛情もくれない人なのだ。

「ええと、この少年がセヴェリ様だと仰りたいのですか?」

 何かの間違いだろう。

 そう思っているのに、セヴェリ様――婚約者の父親にあたるエルヴァスティ公爵閣下はこめかみを押さえつつ、「そうだ」と答えた。

「私の婚約者の……?」
「ああ、間違いない」

 すると、小さなセヴェリ様がぱっと目を輝かすのが見えた。
 私が婚約者であるのを、喜んでくれている、らしい。

 大人のセヴェリ様には好かれなかったが、子どものセヴェリ様は好いてくれたようだ。

「うちの領地にある西の森へ視察に行ったセヴェリが、子どもになって帰ってきたんだ。医師に診てもらったが、特殊な魔法で子どもの頃に戻されたらしい」
「そんな……」
「今のセヴェリは心も体も五歳の頃に戻っている」

 そんなことって、あるのだろうか。
 早く婚約破棄をしてほしいのなら、もっとましな嘘をつけばいいものを。

 私の婚約者は御座なりな嘘をついて、居合わせないまま婚約破棄をするつもりらしい。

 所詮は貴族の結婚。家門同士の結びつきを強固にするための結婚なのだ。
 愛の無い結婚だから、いとも簡単に切り捨てられるのは……仕方が無いのかもしれない。

 いつかこうなるだろうと、覚悟はしていた。
 私たちは社交界では、婚約破棄は秒読みだと噂されていたから。

「わかりました。それでは、セヴェリ様との婚約は破棄――」
「いやです!」

 先ほどまで黙って話を聞いていたセヴェリ様らしき少年が突然、大声を張り上げる。

「ユスティーナお姉様のことが好き! ユスティーナお姉様の優しい笑顔や、夜空のような色の髪や、満月のように綺麗な瞳も、全部大好き! ユスティーナお姉様と結婚する!」
「えっ……ええっ?!」

 それは、彼からの二度目の求婚であって。
 一度目よりも数億倍も熱烈な求婚に、ただただ狼狽えた。

 子どものセヴェリ様はぎゅっと抱きしめてきて、私が逃げないよう小さな手で拘束する。
 必死にしがみついている彼の手を解く気にはなれず、さらには、必死になって求婚してくれている彼の目の前で、これ以上婚約破棄の話をするわけにもいかず――。

「まずは、セヴェリ様が大人に戻るのが先ですわね。なにか方法がないか探してみます」
「それなら、しばらく家に居てくれないか? 子どもになったセヴェリがここまで懐くのはユスティーナちゃんくらいなんだ。一緒に居てくれると心強いよ」
「は、はぁ……」

 気付けば、セヴェリ様が大人に戻るまでの間、エルヴァスティ公爵邸に住むことになってしまっていた。