私は、ありえないことに、社長の首に腕を絡ませていた。

 社長はそんな私を押し返すも、私が絨毯に落ちそうになったのを見て、背中を支えてくる。



「花沢さん、あなたは、ひょっとして」



 社長が戸惑ったような声を上げた。私への非難も混じっている。

 窓ガラスに映る光景に、ハッとした。夜景をバックに、男女が密着している。

 私、社長に抱きついてしまった?



「きゃ」



 そう叫び、社長を押し返せば、絨毯に落ちそうになったところで、また社長に支えられて、ソファに連れて行かれた。



「襲われたのは俺だけど」



 私が叫び声をあげたことに、社長は不平を言いつつ、私をソファに座らせた。

 

 お前は痴女なのか?

 社長に警戒するような目を向けられて、あからさまな距離を取られている。



 どうしてだろう、この人が欲しい。この雄が欲しい。

 …………はい?

 

「私、社長のことなんか好きでも何でもないのに」



 心の声が漏れてしまっていた。



「だよな? 花沢さんは女が好きだもんな。飲めば必ず女に絡んでる」

「そんなことをした覚えはありませんが」

「毎回やってる」

「そうでしたか。私は社長に対しては、私が口説く女の子を、次から次へと奪われるという恨みしかありませんが」



 すらすらと言葉は出るが、ところどころで噛んでいる。



「奪った覚えはないけど」

「いいえ、奪っています。なのに、今、私は恨みしかない社長に触って欲しくてたまりません、どうしてでしょうか」

「それはあなたがΩで俺がαだからでしょ」

「ご冗談を」

「あなたにはヒートが起きている」

「ご、じょう、だんを!」



 私はαだ。

 ヒートなど起きるはずがない。

 冷静沈着を保っているつもりが、驚きのあまりソファからずり落ちてしまった。



 この熱の高まりはヒートのせい? 

 まさか。



 ずり落ちた私に、社長は仕方なさそうに手を伸ばして、もう一度ソファに座らせる。

 そして、離れようとしたところを私に捕まえられた。

 私は社長の首に腕を絡めてぎゅっと抱き着いた。



 ああ、良い匂い。お腹の奥がぞわぞわする。