ついでに、なぜ都心の、こんな立地の施設をわざわざ選んだのか、自然に囲まれた環境の方が体にも良いのに、どうしてと聞いてみたところ、母はこう言ったのだ。

「若い頃に、こんな風に空の近くにある部屋で過ごした大切な思い出があるから。ここからの眺めはあのときとよく似ているのよ」

 わたしの母は白石美麗という女優だ。

 三十路目前で、有名な監督の映画の主役に抜擢された。その作品での演技が評価されて新人女優賞および主演女優賞のダブル受賞。それ以来、一年ほど前に肺に癌が見つかるまで、日本映画界を代表する女優として常に第一線で活躍していた。

 二十四歳の時に会社員の男性と結婚した母は、忙しい日常の中でも子育てを疎かにせずに、長女のわたしと二つ下の弟を愛情を持って育ててくれた。