入り口の受付で記帳し、運転免許証を提示する。清潔でガランとしたロビーを横切り、落ち着いた照明のエレベーターホールへ向かう。毛足の長い絨毯のせいで足音がまったくしない。

 鼻にツンと来る消毒液の匂い。無機質なモノトーンのインテリア。広い大きな建物なのに、大勢の医師やスタッフが働いており、多くの患者がいるはずなのに、ここはいつ来てもしんと静まり返っている。ここが緩和ケア病棟だからなのかもしれない。

 ところどころにガードマンらしき制服の人物が立っているのは、ここに入院しているのが著名人ばかりだから。これからわたしが会いに行く母もそうだった。

 エレベーターに乗り、最上階の30のボタンを押す。

 こんなタワーマンション並みの高層階の病室にいたら、いざとなった時に逃げられないと、いつか母に言ったことがある。すると母は「もう逃げる意味がないじゃない。深青(みお)さんもそう思わない?」と笑った。