「今日は先生にお聞きしたいことがあって参りました」
「何でしょう」
「ずっと母が待っていた言葉を、斉木先生に言って欲しかった言葉を、わたしの母に言っていただけましたか」
「…えっ」

 "Till I hear you say you love me"

 わたしがあのセンテンスを口にすると、先生はしばらく沈黙した。

 母は昔のポップスの歌詞を自分になぞらえた。いたずらっ子のような子どもっぽい面もあった母らしい行動だ。

「十年前に病気で妻を亡くしました」

 黙っていた斉木先生がいきなり話し始めた。

「再婚はしていないので、僕は独身です。そんな今の僕が、今さらその言葉を口にするのは卑怯だ。そう思いませんか」
「みんな昔のことです。ずるいとか卑怯とか、すべて時効です。もう関係ない。母はきっと、亡くなる瞬間まで、斉木先生のことを愛していた」
「ああ…」

 あれほど若々しく見えたこの人の顔に、疲れと深い悲しみを感じた。