しかし三十年以上も前のことなので話題にはならなかった。密会現場の写真も無く、当時の業界人たちのただの噂を小さな記事にしただけだ。事務所や母本人からのコメントも無かった。

 母は、窓の向こうの、摩天楼のようなビル群を眺めている。背中が痩せて小さくなった。

 大学病院の担当の医師から、あと半年の余命宣告を受けた母は、家族の意見に耳を貸さずに、延命治療を選択せず、迷うことなくターミナルケアを選んだ。そしてやはり母の意向により、この、医療法人希青会斉木病院の緩和ケア病棟の、最上階の特別室にいる。

「…you say you love me」

 母がつぶやいた。それはあの、斉木先生がいらっしゃる時の、英語の独り言だ。