─10年後─

朝日が差す、ニューヨーク州郊外の一軒家。
そこに、父と娘の1組の親子が住んでいた。

「パパ、早くっ!ひな、学校に遅れちゃう!…あ、パパまた寝癖ついてるー!患者さんにバカにされちゃうよっ!」

しっかり者の娘・ひなたに怒られる碧。

「ごめんごめん」
碧は慌てて鏡で髪を直した。

「ひなた、ママに挨拶して」

玄関に置いてある写真立ての方を目配せする碧。

写真立てには、小柄な若く美しい女性が、大きくふくらんだお腹に手を当てながら、笑顔でこちらを向いている写真が飾ってある。

「ママ、行ってきます!お空でひなのこと見ててね。そうだ、隣の席の転校生、とってもかっこいいんだよ!」

「…なに!?」

急いで玄関を出る2人。


車を運転しながら、碧はひなたに話しかける。

「帰りはおじいちゃんとおばあちゃんが迎えに来るからね。今日は遅くなるから、先に寝てていいよ」

「オッケー!お菓子たくさん買ってもらおっと!」

ひなたを小学校に送る。
ひなたは小学校に着いた途端、話す言語を英語に切り替え、お友達と楽しそうに喋り始めた。

こちらを振り返らずに、学校に入っていくひなたに、碧は少しの寂しさと、誇らしさを感じる。

ひなたはいたって健康体で、順調に成長している。しっかり者の、元気で優しい子だ。

顔は郁に年々似てきており、時々ハッとさせられる。
柔らかい栗色の髪も、大きな目も、笑うとえくぼができるところも、全部郁譲りだ。

日々、ひなたを授けてくれたことに感謝する碧。


碧はアメリカの医大で経験を積み、今年から循環器科の教授になった。

今では心臓手術の名医として知られている。


碧の胸元には、郁と碧の結婚指輪が通されたネックレスがつけられている。

運転席で、碧はネックレスを握り、小さな声で言う。

「郁。俺たちは元気にやってるよ。…まだもう少し、こっちでやることがあるから、少し寂しいだろうけど、そっちで待っててな」

車内に、雲の切れ間から、柔らかい太陽の光が差し込み、碧を包む。
心まで温かくなる、郁の柔らかい微笑みを思い出す。

「碧、愛してる」

郁のそんな言葉が聞こえたような気がした。



─完─