翌日の午後、郁は一旦意識を取り戻した。
郁が起きた時、一晩泊まり込んでいた碧が、郁の手をしっかりと握っていた。

気管に入っていたチューブが取り外され、酸素マスクに切り替えられる。

郁は、抗生剤を投与されても肺炎は改善せず、熱は依然高いままで、郁の体に負担がかかっていることは明らかだった。

「…赤ちゃんは、大丈夫…?」

それでも、郁はお腹の中の子を一番に考えていた。


郁が意識を取り戻したと聞き、産科医の律が駆けつけ、郁と碧に説明をする。

研修医として勤務している瞬も同席していた。

「郁さんが眠っている間も、お腹にモニターを付けて赤ちゃんがしんどい状況に陥っていないか確認していた。幸いにも、お腹の赤ちゃんに問題は起こっていない。とても強い子だね」

涙を溜めながら、お腹をさする郁だった。

「…だが、母体が酸素を取り込めなくなると、お腹の赤ちゃんも苦しくなる。このまま肺炎が長引くと、いつ赤ちゃんに影響が出るかわからない。その覚悟はしておいて。」

「…わかった」

暗い表情の碧。

「…先生、もし、私とこの子、どちらかしか救えないという状況になれば、どうかこの子の命を優先してください」

郁が口を開く。

「郁!」

「碧。先生。お願い。…私は、長く生きられないかもしれないけど、この子は違うの。未来があって、こんな状況でも頑張っている。私にはこの子を元気に産んであげる役目があります。頂いた命を、絶対に繋げたい。」

「…元気に産んであげたいことはわかってる。だから、自分よりこの子をとか言うな。どっちも助かるから。大丈夫だ。」

碧がしっかりと郁の手を握る。
不安のためか、碧の手は少し冷たくなっていた。

不安そうにしている郁に、研修医の瞬が近づく。

「…郁、赤ちゃんが生まれる時には助産師のこころもついてるからな。正産期になるまでに、しっかり病気を治して、俺たちチームに任せてくれ」

瞬が郁の目をしっかり見て伝える。


「みなさん…よろしくお願いします」

郁が、かすれた声ながら、はっきりとした口調で言う。