幸せな新婚生活が続いていた、ある日のこと。


「今日も遅くなるの?」

パタパタと玄関に駆けてくる郁が、少し寂しげに尋ねる。

新婚とはいえ、激務の碧は帰りも遅い日が多く、なかなか休みも合わない。


「今日は夜に研究会があって、帰りは0時を過ぎると思う。ごめんな、先に寝てて」

「毎日忙しいね…本当にお疲れ様。はい、お弁当」

「ありがとう。郁は今日休みなんだから、ゆっくりしてて。1人でも、ごはんはしっかり食べること。」

どれほど忙しくとも、碧は郁への気遣いと、毎朝の日課になった聴診を欠かさない。


心臓の名医と噂になり始めた碧には、ぜひ診てもらいたいというたくさんの患者が待っている。

そんな碧の負担なってはいけないと、郁は寂しさを隠し、今日も栄養満点のお弁当を持たせ、碧を笑顔で見送る。



碧が出て行くと、部屋がとても広く感じる。

家事を済ませ、郁は自身の仕事で使う資料に取り掛かる。

仕事に没頭しているうちに、もう13時になっていたことに郁は気がついた。

元々食の細い郁だが、最近は特に食欲が落ちており、今朝は毎朝作っているグリーンスムージーも飲む気にならなかった。

だが、朝は低血圧で食欲が無いことも多い郁は、さほど気に留めていなかった。

しかし、昼になってもお腹が空く気配が無く、むしろ胃の重さは悪化していた。


「…胃腸炎かな?」

移植手術後、感染症にかかりやすくなっている郁は、体調を崩すことが度々ある。

一度感染症にかかると重症化しやすいため、体調が悪くなったらなるべく早く言うよう碧から厳しく言われていた。


一瞬碧に相談してみようかとも思ったが、忙しい碧の仕事の邪魔はしたくないので、また帰ってきてから相談しようと考え直す郁だった。