夕方の診察のため、病室に訪れる碧。

「郁ちゃん、おはよう」

電動ベッドで上体を起こし、ボーッと夕日を見ていた郁は、急に声をかけられたことに驚き、大きな目をさらに大きくしてこっちを見た。

「…!おはようございます」

「驚いた?ごめんね。診察だよ」

郁にどう接したらいいのか、まだ自分の思いを整理できていない碧は、少しぎこちなく笑い、診察を行う。

「…先生?」

郁が碧の顔を覗き込む。

「先生…なんだかつらそう…クマもひどい。…ちゃんと休めてますか?」

突然そう言われたことに驚き、碧は一瞬診察のことを忘れ、聴診器を降ろす。

「先生は、私を心配してよく病室に来てくれるけど…先生の体を一番大切にしてね。私のせいで、先生がしんどくならないで。」

郁は、碧の顔を少し上目遣いでじっと見ながら、言いにくそうに、だが、きっぱりとそう伝えた。


手術前、何度も郁が碧の体を気遣っていたことを思い出す碧。

郁の優しい心は、記憶を無くしてもそのままだった。

郁自身が一番苦しい思いをしているのは明らかなのに、そんな中でも碧の身を案じている。


…自分のことばかり考えていたことが恥ずかしい。

たとえこのまま記憶が戻らなくても、俺は陰ながら郁を支えていく。

郁ともう一度出会って、郁との関係を新しく築いて行きたい。

「大丈夫だよ、心配しないで。郁ちゃん、ありがとうね」

涙を我慢して微笑みながら、医師として、幼馴染として、郁を愛している者として、全力を尽くすことを自分に誓った碧だった。