郁が目を覚ましたのは、手術の2日後の朝のことだった。

胸の手術の跡の激しい痛みで目が覚める。
ここは、どこ…?

「郁ちゃん、目が覚めたね」
ガーゼ交換の処置に来ていた藤井が声をかける。

「手術を無事に終えて、すぐに呼吸も戻ったのに、なかなか目を覚さないからみんな心配したのよ。」

ほっとした笑顔を見せる藤井。

「処置の時間だから、ちょっとごめんね」

藤井が郁のパジャマを脱がせようと手を伸ばすと、途端に郁の体が強張り、手で胸を守ろうとする。

「…郁ちゃん、びっくりしたよね、ごめん。胸の傷のガーゼの交換の時間だから、交換させてもらうね」

「…何の…話…?」

かすれた声で郁が問う。

「…郁ちゃん?どうしたの?手術、無事に終わったんだよ」

「…手術って…?」

「…倒れたこと、忘れちゃった?郁ちゃんが手術を了承してくれたあと、すぐに竹内先生が手術をしてくれて、今目が覚めたんだよ」

「……倒れた?私が…?竹内…先生…?」


郁は、怪訝な表情をしながら話す。


「…看護師さん…私、病気なの?…ここを手術したから、こんなに痛いの?」

手術の跡を指差しながら、混乱し、怯えた様子の郁。

「すごく痛いし、こんなに管だらけで、私、どうしちゃったの…?」

郁の大きな目から、ポロポロと涙がこぼれる。

「……郁ちゃん…。…大丈夫だよ。先生を呼んでくるから、少し待っててね」

郁を不安にさせないよう、笑顔で話し、スタッフルームに走った。

「竹内先生!郁ちゃんの意識が戻りました!」

「よかった!すぐ行きます!」

「…竹内先生、それが…郁ちゃんはどうも記憶障害を起こしているようで、手術を受けたことどころか、自分の病気のことも、私のことも、覚えていない様子で混乱しています」

「…!」

走って病室に駆けつける碧。

「郁ちゃん!目が覚めたんだね!」

碧が声をかける。

「……お医者さん…?」

眉をひそめ、まるで全く知らない人物を見るような目をする郁に、碧は動揺する。

「…君の主治医の竹内だよ。竹内 碧だ。君は心臓の病気で入院していて、危険な状態になっていたので手術したんだ。…覚えてない?」

申し訳なさそうに首を振る郁。

「…そうか…。…君は今回、本当に長い時間、苦しい手術を頑張って受けたんだ。目覚めたところで、体も頭もとても疲れていて、きっと少し混乱しちゃってるんだね」

また泣き始める郁。

「大丈夫だよ、きっと思い出せるようになる。」

碧は郁に心配しないように、何度も大丈夫だと伝える。
まるで、自分にもそう言い聞かせるかのように。