「佐藤さん、はじめまして。主治医の竹内です。佐藤さんは郁ちゃんの施設の先生で、保護者代わりと聞いています。今日はお越し下さりありがとうございます」

面談室で、碧が、佐藤と、車椅子に乗せられた郁に向かい合って座る。

「竹内先生、この度は郁ちゃんを助けて下さり、本当に本当に…ありがとうございました…。」

佐藤はやっと再会できた郁の手を握り、涙を流しながら碧にお礼を言う。

「いえ、とんでもないです。佐藤さんの適切な初期対応のおかげで、今のところ脳へのダメージも見つかっていません。」

穏やかな笑顔を見せていた碧が、表情を曇らせ話を続ける。

「…ですが、現在の郁さんの心臓はここ数ヶ月で急激に悪化していて、重い心不全となっています。いつまた不整脈発作が出るかわからない状況です。」

「そんな…最近はずっと発作も無かったのに…」

涙が止まらない佐藤に対して、郁の心は自分でも驚くほど冷静だった。

郁は、幼い頃からの入退院と手術の繰り返しの日々のなか、自分が長く生きられないことを受け入れている。

なるべく、痛く苦しい治療はしたくない。

一方で、周りの大切な人達を悲しませたくない、迷惑をかけたくないという思いから、苦痛を伴う治療にも、真面目に取り組んできた。

しかし、心の根底では、自分の病気が治ることなんて到底想像できず、幼い頃に告げられた余命は超えられたものの、20歳までは絶対生きられないんだろうと諦めてしまっていた。

「清水さん、この3ヶ月の間、症状はなかったの?これだけ悪化してるなら、相当しんどかったはずだけど」

少し責めるような口調で碧が聞くため、郁は少し体が固くなる。

「たまに息苦しい時や、動悸はありましたが、我慢できないものではなかったので…それに、昔からこんな感じで慣れてますし…。後は、高校最後の文化祭が楽しみで、少し無理していたとは思います」

「そっか。もう少し早く来てくれていたらな…」

「…ごめんなさい」

「ううん、ごめん。今さら言っても仕方ないね。…とにかく…貧血の数値が少し改善すれば、心不全がこれ以上悪化する前に、すぐにでも手術をすべきと考えています。」


碧は、次に行う手術はあくまで対症療法に過ぎず、今後手術を繰り返す必要があること、手術をすることで、郁が元気でいられる時間が増えることを説明した。

ただ、手術にはリスクもあり、術中に亡くなる可能性が低くないということも。