人混みの中でも顔立ちがはっきりとわかる長身。すらりと長い手足。物憂げに寄せられた眉。少し乱れた前髪もアンニュイで、色気さえ感じさせる。
 駅の構内に入った瞬間――私はその人から目が離せなくなった。

「……………!!」

 突然ですが、私はスーツフェチです。
 スーツって素晴らしい。
 普段スーツの人がいない職場だからか、たまに施設長や事務長がスーツを着ているとそれだけでも十割増しにイケメンに見えてしまう。
 職場のおじさんでさえそうなんだから、真のイケメンがスーツを着ていたらどうなるのか? しかも、ただのスーツじゃない。三つ揃えのスーツ!

「あの、なにかお困りですか?」

 私は真っ直ぐにその人に駆け寄ると声を掛けた。
 こんな好みドンピシャリな人がお誂え向きに困っている様子で、声をかけずにいられるわけがなかった。
 仕事終わりの疲れでも関係ない。
 むしろ仕事で疲れているからこそ、イケメンとお近づきになりたかった。

「ああ、すみません……恥ずかしながら、切符の買い方がわからなくて」

 照れくさそうに笑う姿が思ったよりも幼くて、胸の奥がきゅんとした。
 私よりもうんと背が高くて年も上なんだろうけど、守ってあげたくなるような笑顔だった。

「ICカードで慣れてしまうと、わからなくなってしまいますよね」

 ニヤつきそうになるのを必死で押さえて平静を装いながら、券売機に向かう。

「ここにお金を入れたらいいのはわかるんですが……」

 ちょうど空いた券売機に一万円札を放り込んだ彼は、そこで首を傾げた。
 いちいち仕草が可愛らしい人だけど、近くで見たらスリーピーススーツも仕立てが良さそうだし、今見えたお札入れと時計もなんだか高級そう。案外、仕事はやり手だったりするのかな。

「…………」

 そこまで考えて、貧乏人の下世話な詮索だと気づいてしまう。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです! どちらに行かれるんですか?」

 自分で自分にげんなりしていたら、心配させてしまった。
 通りすがりの私にまで優しい彼が答えたのは、私も何度か降りたことのある駅だった。

「それだと、連絡切符になりますね。この駅で乗り換えなので、ここのボタンを押してから……」

 友達のオフィスのある駅だったから、スムーズに案内することが出来てほっとする。
 あんまりわからないようだったら、駅員さんの呼び出しボタンという最終兵器もあるんだけど、自分から声を掛けといてそれはスマートじゃない気がするから使わずに済んでよかった。

「よかったら、途中までご案内しましょうか?」

 乗り換え駅は私の最寄り駅の手前にある。同じ電車に乗るのにここでサヨウナラも惜しい気がしてそう提案すると、彼の表情がパッと明るくなった。

「ぜひ、お願いします!」

 なんだかいちいち可愛らしい人だった。