「ゆっくりお寛ぎくださいね」

 古風な洋館に似つかわしくない和服の女性。でもそれが逆に大正ロマンっぽい雰囲気もあって、非日常を感じさせた。

「は、はい」

 テーブルについた私に優しく微笑みかける女将さんに、私はますます肩に力が入るのを感じる。一方で、向かいに座った桜雅さんは緊張なんて微塵も感じさせない。
 最初に車がここに到着したとき、桜雅さんのご自宅に連れてこられたのかと思った。
 高級ではあるけど場所も住宅地の一角。歴史はありそうだけど看板もなにもなくて、本当にただの家。一見さんお断りどころか、紹介されないとここがお店だってことにさえ気づけないと思う。雑誌で紹介される隠れ家的レストランなんて、全然隠れてないって思えた。
 一晩に一組限定のお店だから、人目を気にせずゆっくりしましょうと桜雅さんは笑ったけど、私の気持ちはゆっくりとかのんびりとかリラックスとは程遠いところに飛んで行ってしまった。
 一晩に一組で経営が成り立つなんて、お支払金額がどうなるのかとか私には未知すぎる。もし万が一、割り勘なんかになったら家財を売り払った全財産でも足りないんじゃないだろうか。
 結婚式の披露宴会場みたいな高級レストランなんて、真のお金持ちからしたらファミリーレストランぐらいのモノなんだと思う。
 私は笑顔を張り付けながら、幼いころに見たアニメ映画を思い出していた。
 あの映画のヒロインに憧れて、結婚式のお色直しで黄色いドレスを着た友達。
 でも私は、テーブルマナーも忘れて食い散らかす野獣の方。それも、魔法で野獣に替えられた元王子様と違って、私は生まれも育ちも野獣。ううん。オオカミと戦う勇ましい野獣でさえない、ただの野良猫。

 つるりと、首元のスカーフを撫でる。
 私の持っているどんな服飾品にもない手触り。きっとこれも私には不相応な品。
 桜雅さんにとっては、野良猫を拾ってお風呂に入れる程度のことなのかもしれない。
 ミルク皿に顔を突っ込んで、顔を周囲も散らかして、それを笑って、たまにあんな野良猫を拾ったことがあったなって、思い出してもらえたらいい。

 桜雅さんの方を見ると目が合って、はにかむ彼の姿に胸がいっぱいになる。胸から溢れた雫がこぼれないように、私は瞬きを繰り返した。