○前話の続き

向き合い始めて数十秒。

気まづい雰囲気が漂う。

遥「一之瀬さんは……大丈夫だったんですか」

そんなの大丈夫じゃないに決まっている、なのにこんなこと聞くなんて……いくら何でも無神経すぎる。

思い詰めた表情の遥。

そんな質問に俊斗は答える。

俊斗「大丈夫、いや大丈夫じゃない……。俺の気持ちなんて誰にも分からない」

少し俯きながら暗い表情でそう言った。

遥(私なんかが語っていいことじゃない。同じ中学だった訳でもない。じゃあ私は何をしたらいい?)

ただ涙を流す遥の頭を、俊斗は優しく撫でた。

俊斗「俺はもう大丈夫だから。遥がそんな顔する意味無いよ」

いつもと違った傷ついたような微笑みに、遥はただ見つめることしか出来なくなっていた。

遥(どうして……。私が泣いてどうにかなる訳じゃないのに。どうしてそんなに優しいの?)

遥「私が泣いてどうにかなる訳じゃないって分かってます……。でも」

遥(私の言いたいことは1つ……いや2つ。ただそれだけを伝えたい)

覚悟を決めたような表情をした遥は、涙を乱暴に拭って俊斗の方を向いた。

遥「一之瀬さんは、強がり……ですね。」

俊斗「は……?何言ってるんだ」

とぼけたような顔。

そんな表情を見て、遥は何かを確信した。

遥(やっぱり一之瀬さんは……)

遥「本当は私よりもっと、もっともっと。一之瀬さんの方が辛いはずで、泣きたいんですよね……?」

俊斗「……っ!」

私の言葉に、一之瀬さんはビクッと体を強ばらせる。

遥「強がらなくてもいいんです。私の前では自然体で居てください……っ!」

遥の強い眼差しと微笑みに、俊斗は顔を上げた。

そしていきなり俊斗は遥に手を伸ばした。

そして……ぎゅっと遥を強く、強く抱き締めた。

そんな俊斗に遥は驚きの顔を隠せなかった。

遥「いいいい一之瀬さん!?な、なんでっ」

俊斗「ありがとう遥」

動揺する遥に一言伝えると、遥は動揺が落ち着いてきた。

そして優しく俊斗の体を、抱き締めた。

遥「今まで1人で耐えてきたんですね。私で良ければ話聞きます」

背中越しに伝わるお互いの体温。

遥の一言に、なぜか俊斗は抱きしめる力を強めた。

そして言った。

俊斗「ごめん。どうしようも無いくらい遥が好き。大好き、愛してる」

突然の愛の言葉。

俊斗が言葉を放った瞬間、抱きしめていた遥の腕がすっ、と落ちた。

遥「え……?す、すき?」

さっき以上に動揺してしまい、遥は汗をかき始めた。

俊斗「うん、俺は遥が好き。全部大好き」

遥「ぜ、ぜぜ全部……っ?こ、告白?」

遥(いつも男の子に告白される時はドキドキなんてしないし、こんなに動揺しないのに。でも好きな人に告白されたら動揺するに決まってる……っ!!)

俊斗「告白されるのって遥、慣れてるんじゃないのか?動揺し過ぎじゃ……」

抱き締めながらそう呟いた俊斗に、遥は思わず言ってしまった。

遥「だ、だって好きな人に告白されたら……!あっ、」

俊斗「好きな人?」

遥(あぁ〜!!言っちゃった……。どうしよう隠せない)

さっき以上の焦りが溢れ、心臓がバクバクと大きく鳴る。

汗がドバっと吹き出す。

遥の言葉を聞いて、俊斗は体を離した。

俊斗が遥の方を向いた瞬間、遥は思いっきり体を背けた。

遥「すみません……っ!思わず……」

俊斗「遥が俺の事を好き……?嘘だ」

信じられないと言わんばかりの表情をする俊斗。

遥「忘れてください……っ」

真っ赤な顔を隠しながら、俊斗の方を向いた。

俊斗「忘れない。本当に俺の事好きなのか?」

遥「う、はい。一之瀬さんの事が好きです」

顔の熱を冷ますように、手で顔を仰いでいる遥を、俊斗はまた思いっきり抱き締めた。

俊斗「はぁ……」

遥「……っ」

聞こえてきたため息と、抱きしめられた驚きで遥は目を見開いた。

もちろん俊斗には見えていない。

俊斗「俺も好きだった。好きになってから全てが愛おしいし、ずっと俺の傍に居て欲しいと思う」

そう言った途端に、ぎゅうっと効果音が付きそうなくらいに抱きしめる力が強くなった。

遥「私だって、好きでした。まだ会って間も無いですが、一之瀬さんの人柄や性格が大好きなんです」

俊斗「遥、俺と付き合ってください」

耳元で囁いた告白に、遥は強く返事をする。

遥「はい……っ!」

少し経って遥は体が離された。

遥(今って、付き合っているって言うことでいいのかな……っ!?)

向き合うのが恥ずかしすぎて、顔を逸らす。

遥の心の中は暴れているけど、それを取り繕って声を発する。

遥「一之瀬さんと付き合えるなんて、私幸せですね……っ!」

言葉を発した瞬間、満面の笑みに変わった遥の表情に、俊斗は顔が赤くなった。

俊斗「不意打ちはやめろ」

遥「え?ど、どういうことですか?」

俊斗「分かってないなら大丈夫」

遥「教えてくださいよ!」

俊斗「ダメ。無理に決まってるじゃん」

おねだりをしても引き下がらない俊斗に遥は、拗ねだした。

遥「もういいです。教えてくれないならそれでも構わないですよっ」

そう言いながら立ち上がった遥の手首を、俊斗は離れないように掴む。

俊斗「遥、ありがとう。お陰で軽くなった気がするし……遥のこともっと好きになった」

遥「へ、はぇ……っ!?あ、ありがとうございました……?」

何故か語尾が疑問系で怪しかったが、それを気にしないように俊斗は流す。

そして手を離した後、遥はドアノブに手をかけた。

遥「では、失礼します!」

ガチャりとドアが閉まった。

○次の日、朝

遥「え、えぇ〜!?今日から一緒に登校なんて出来ませんよ!」

次の日の朝、俊斗と朝食を食べている時に遥は驚きの声をあげた。

目を見開き、驚いた顔で食パンを咥えている遥。

俊斗「確かに遥、めちゃくちゃモテるからな。でも"付き合ってる"んだから普通じゃないのか」

遥「普通でも、一之瀬さんと歩いたら注目されるじゃないですか……」

心配げな顔で俊斗からの提案を、全て断っていた。

俊斗「俺は遥以外の女には関わらないから関係ない」

遥「私は関係ありますよ……っ。だって……」

遥(だって私なんかが一之瀬さんと付き合ってるなんて、学校中の女の子達に恨まれちゃう……)

暗い顔になっていく遥に俊斗は、訳の分からないと言わんばかりの顔をする。

俊斗「だって?何か問題あるのか」

問題しかないですよ、と言いかけて遥はそこで言葉を止めた。

これ以上言ったら変に思われちゃう、そう思ったからだった。

遥「いえ……。問題無いです!あっ、早く食べなきゃ遅れちゃいますね!」

慌ててパンを飲み込んで、遥は学校へ行く準備を始めた。

俊斗「美味かった」

遥「ありがとうございます……!」

時計の針を見ると、そこには7時30分と書かれていた。

遥「では、先に行きますねっ!!行ってきます!」

真っ赤な顔をしながら玄関に向かって走る。

そんな遥を俊斗は止めようとした。

俊斗「遥!なんで先に行こうとしてんだよ」

遥「少し事情があって……!ごめんなさい」

靴を素早く履いて、勢いよくドアを開けたかと思ったら、爆速で走っていった。

俊斗は玄関に取り残されている。

俊斗(彼氏になったはずなのになんであんなに逃げるんだろうか。とりあえず追いかけよう)

そして俊斗は鞄を持ってすぐに靴を履く。

俊斗(遥は足速いはずだからもう門の近くまで行っているかもしれない。でも)

歯を食いしばって俯いた。

もしかして嫌われてるんじゃないか、そう思ったから。

すぐに顔をあげ、ドアを開ける。

俊斗「行ってきます」

そう言ってすぐに走り出した。

俊斗(遥っ、遥……)

風で髪はぼさぼさに吹き飛ばされている。

顔だってすごく必死。

俊斗「遥!」

全力で走っている時、遥の背中を見つけた。

遥「い、一之瀬さん!?なんでっ」

そのまま走り出そうとした遥の腕を、力強く掴む。

離れないように。

遥(な、なんで一之瀬さんが居るの!?私も走ったのに!)

青ざめた顔をして俊斗を見つめる。

俊斗「はぁ、はぁ」

息を荒くして膝に手を着く俊斗。

額には少し汗をかいている。

そして俊斗の呼吸が正常になっていった。

遥と俊斗は道の真ん中で見つめあっていた。

その場所は、優斗を助けた時に出会ったあの木の前。

俊斗「なんで逃げた?」

一向に言葉を発する様子にならない遥に、俊斗は先に話しかけた。

遥「……っ」

遥はびくっと肩を震わせた。

そして涙目になった遥は俊斗を見つめる。

遥「だって、一之瀬さんすっごくモテるから!私なんかと歩いたら株が下がっちゃうし、私みんなに嫌われちゃうんです……」

涙を1粒落とした遥の目を、俊斗ら優しく拭った。

そして暖かい笑みを遥に向けた。

俊斗「俺の株なんか遥が気にしないでいい。まず俺は株なんか気にしない」

安心させるような優しい声色。

俊斗「それに遥が嫌われたとして、俺は好きだ。遥が気にする必要なんかない。遥の友達だって受け入れてくれるはず」

その言葉に安心して、遥の目からは涙が零れた。

遥「ごめんなさい……っ。先に置いていってしまって」

俊斗「そんなのもう気にしてないから、もう泣くな」

そして遥の手を取った。

そのまま歩き出した俊斗の顔を、遥は横目で見つめた。

耳にかかった髪であまり見えないけど、赤い耳が少しだけ見えた。

遥(耳……赤い)

ふふっと笑い声を上げた遥を俊斗は、不思議そうに見た。

俊斗「何かあったのか?」

遥「いいえ?別に何も無いですよ!」

遥(一之瀬さんが知る必要は無い。ただ私が知ってられたらいいの)

にこにことしながら歩く遥を、俊斗は愛おしそうに見つめた。

その視線に遥は気が付かない。

俊斗(遥、気づいてるのかな。さっきからにやにやしている事に。それにしてもなんで笑ってたんだろうか)

お互い違うことに気がつかなかった。

にやにやしながら口元に手を当てている遥。

そんな遥を愛おしげに見つめる俊斗。

俊斗と遥の身長差。

遥「学校へ行ったらどんな反応されるんだろう」

遥の独り言に俊斗は反応した。

俊斗「さぁ。学校へ行って騒がれても俺は無視する」

遥「ふふっ。一之瀬さんらしいですね」

俊斗「そんなの気にするだけ無駄」

笑い合いながら遥と俊斗は学校へ向かった。