○4月上旬、通学路、朝7時45分


雲一つない青空の下で、全力疾走している私の整えた髪の毛は、強い風に吹かれてぼさぼさになってしまっている。

胸元まで伸びた黒髪はいつも真っ直ぐなのに、今日は風に吹かれすぎて曲がっているし、前髪なんてもう無い。

そんな私は、今日高校2年生へと上がる雪乃遥、16歳。


遥「はぁ……っはぁ」


過呼吸になりながら、何度も通った通学路を走る。

遥(いつもは寝坊しないのに、なんで今日に限って寝坊しちゃったんだろう?)

そう思いながら本気で走る。

飼い犬のお散歩をしている人や、近所のおばあちゃんとかが「元気ねぇ〜」と言いながら、クスクスと笑って私を見ている。(遥は顔を少し赤らめる。)


そんな時。


「誰か助けて……っ」


という小さな男の子らしき声が聞こえてきた。

近くの大きな木を見ると、泣きながら木にしがみつく男の子がいた。(幼稚園児くらい)

遥(ど、どうしよう。新学期早々絶対遅れたくないのに。でも無視する訳には……。)

自分の中で戦いが繰り広げられる中、体は勝手に男の子の方へと走っていた。


「大丈夫!?今すぐ助けに行くからね!」


そう言ってカバンをその場に投げた。

こんな大変な状況でカバンなんて気にしてられない。

小さい頃は友達といつも木登りをして遊んでいたから、木登りは結構得意。(得意げなドヤ顔)

ってそんな場合じゃない……!!

遥(早く登らなきゃ、男の子が危ない……っ!)

木に手をかけて、慌てながら登る。

幼い頃の記憶を頼りに登っていく。

そうして男の子の居る場所まで辿り着いて、ピタリと動きが止まる。

遥(あ、れ……?登ったのはいいけど、どうやって男の子を下ろすの……!?)

学校に行くことで頭が混乱していた為、そこまで頭が回らなかった。

遥(どどど、どうしよう!?男の子を抱えて下りるしかないよね……?)(青ざめる)

もう仕方が無いので下りることにした遥。


「も、もう大丈夫だからね〜?」

「ぐすん……っうん」


頷いたのを確認して、抱える。

遥(軽いけど……これ落ちたら私、軽い怪我じゃ済まないよね……?)

自分はどうなってもいいと思ったので、抱えながら1歩1歩慎重に下りて行く。

そして……。

ズリッ。

足を踏み外してしまいバランスを思いっきり崩した。


遥「ひゃぁ〜!!」

男の子「うぁぁぁぁ」


遥(やばい落ちる……っ!)

目をつぶって衝撃を構える。(ギュッと目を閉じて青ざめる。)

でもその衝撃が私に来ることは無かった。


遥「あ、れ……?」


遥(どうして……痛くないの?)

体に違和感を感じて、上を向くとそこには。

遥「きゃぁぁ!?」(顔を真っ赤にさせる)

そこには、見たことの無い塩顔イケメン男子が……。

でも……なぜだか1回会ったことあるような……?

???「おい。大丈夫か」

遥(だ、誰だろう……。多分私今顔が真っ赤に……。)


???「おい」


遥「ひゃっ」


男の子「う、うぅ……っうわぁぁぁぁん」


男の子が大号泣し始めた途端、謎のイケメン男子は私を下ろした。


???「優斗、大丈夫か!?怪我は……」(心配そうな顔。


優斗「ひっく……っ。……大丈夫」


遥(え、知り合い……?)(目を見開く)


???「いきなり家を飛び出して遊びに行くのはいつもやめろって言っているだろ」


優斗「しゅんにい……ごめんなさい」


遥「あ、あのっ……。えっと、優斗くんのお兄さんですか?助けてくださりありがとうございます……っ」


そうお礼を言い、微笑むと、彼は顔を赤くした。


???「あ、ああ」


挙動不審になった彼に頭は傾いていく。

それより……。

遥(そういえば同じ制服だな……。見たことないから3年生かな?)


???「お前……名前は?」

遥「へ……っ?私ですか?」

???「お前以外誰が居るんだよ」

遥「ですよね……。雪乃遥です。今日で一之瀬学園高等部2年生になります」(深く頭を下げる。)

俊斗「俺は、一之瀬俊斗、今日で一之瀬学園高等部3年生になる」


遥(やっぱり3年生だよね……。それにしても……綺麗な顔をしているんだな)


俊斗「あまりジロジロと見るな」


やっぱり顔が赤い気がする。

熱……?


遥「あの……熱でもあるんです……」


そう言いかけた時、品のある男性が、高級そうな漆黒の車から出てきた。

すごく焦っている様子。


男性「優斗様……!いつもすぐに家を出ないようにと言ってますでしょう!」

優斗「だって遊びたかったんだもん」

男性「でも勝手に家を出るのは危険ですよ!これからはちゃんとわたくし達に言ってから、ボディーガードと一緒に出るように!」

遥(優斗……様?ボディーガードって……?優斗くんと一之瀬さんは何者なの?)


俊斗「さっき俺も言ったから、優斗が拗ねますよ」

男性「ああ。そうだな。それよりこのお嬢様は?」

遥(お嬢様……っ?それって……私の事で合ってるよね?)

俊斗「雪乃遥という、木から落ちそうになった優斗を助けてくれた命の恩人です」

遥「は、初めまして……っ!雪乃遥です!今日で一之瀬学園高等部2年になります!木から下りれない様子の優斗くんを下ろしただけです……っ」(深くお辞儀をする)

榊「お嬢様、初めまして。優斗様を救って下さりありがとうございます。わたくしは原榊ハラサカキ、優斗様のボディーガードです。」

遥(まさか、優斗くんがこんなお坊ちゃまなんて……!というか私学校……っ!!)

スマホを取りだして時間を見るとそこには絶望の字が書かれていた。

8時20分。

遥「あ、あの……っ!私学校遅刻しちゃうのでそろそろ……」(焦り気味)

そうして私はカバンを取って走り出そうとした。

榊「ちょっと待ってくれお嬢様!優斗様を助けて頂いたお礼……いやこれじゃあ少なすぎるが、うちの車で学校まで送らせて頂きたい。このまま走っても、俊斗と一緒に遅刻してしまう!」

遥「そ、そんな……っ!私大したことはして無いですし、大丈夫です!」

俊斗「いや、遥は送ってもらった方がいい。だから榊さん、送ってください」

遥(一之瀬さん……!?流石に迷惑だし、あんなお坊ちゃまとかお嬢様が乗るような車に乗るなんて……。というか今サラッと名前呼びされて……っ!?)

榊「じゃあ早く乗ってくれ!2人とも遅刻はわたくし達が許さない」

遥「う……っ。わ、わかりました。お言葉に甘えて、お邪魔しま……す」

カチカチになってしまっている体を動かして、1歩踏み入れた。

シートに座ると体が吸い取られるみたいに、ふっかふかな布に覆われた。

遥(これが……高級車のシート……)

俊斗「そんなに緊張しなくていい。それに他の車とも変わらないだろう」

当たり前のように言っている一之瀬さんに驚愕する私。

それをみた一之瀬さんは、頭を傾けて不思議そうな顔をしている。

榊「じゃあ出発します。シートベルトは付けておいてくださいねお嬢様。」

遥(お嬢様なんて言われる筋合い無いし、優斗くんを助けただけなのに、何故こんなことに?)

隣に座る一之瀬さんはすっごく綺麗なお顔をしている。

遥(見れば見るほど綺麗なお顔だな。)

ジーッと見つめてしまっていたのか、それに気づいたのは一之瀬さんがこちらを見た時だった。

遥(やばい……っ!気づかれた?)

かァァっと顔が熱くなる。

俊斗「さっきも言っただろ、ジロジロ見るなって」

顔を赤らめながら、少し呆れた顔をする一之瀬さんに向けて笑顔を向ける。

遥「だって俊斗さんがあまりにも綺麗なお顔をしていて気になっちゃって」

はは……はと苦笑いをしながら笑っていると、様子のおかしい一之瀬さんと目が合った。

ドキッ。

不覚にもドキッとしてしまったんだ。

だって……。

俊斗「俺が照れないとでも思ってんのか……?天然ってよく言われる?」

耳まで真っ赤になって、両手で顔を覆っている一之瀬さんが居たから。

遥(言った私が恥ずかしくなってきた……。一之瀬さんって第一印象がクールだったから意外だな)

これをギャップというのか。

1人で感心しているといつの間にか学校の門の前だった。

榊「学校に着きました。俊斗様、遥お嬢様、足元にお気をつけて学校へお向かい下さい」

俊斗「ありがとうございます」

遥「あああ、ありがとうございます……っ!本当にお世話になりまし……」

榊「遥お嬢様にお願いがあるのですが……放課後、俊斗様と家にいらして頂きたいんです」

遥「え……っ」

俊斗「分かりました。遥、今日時間あるか?」

遥「あ、ありますけど、家にお邪魔なんて出来ませんよ……っ!!」

遥(こんなお坊ちゃまの家にお邪魔なんて、いくら何でもやりすぎ!調子に乗りすぎ……!)

なんで一之瀬さんがいいと言っているのか分からずに、混乱する私の手を取った一之瀬さんにまたびっくりする。

俊斗「じゃあ遥。学校へ行こう。もう遅刻だけど早く行きたいだろう?」

遥「そ、そうですけど……っ!!手!」

手を離すように、目で訴えると何故か力を強くした一之瀬さん。

俊斗「行こう」

なんで離さないのか不思議すぎて、されるがままになっている私を見て、何故か満足気に笑った一之瀬さん。

遥(一之瀬さんの笑顔は破壊力がありすぎて無理…)

そう思いながら私は、繋がれた手に熱を感じながら小走りで門に向かった。


○4月上旬、2年S組、9時30分

入学式を終え、先生の長い長い話が終わった時、先生が教室を出て自由な時間になった。となった。

2年連続同じクラスとなった、親友の折原菜々子オリハラナナコが駆け寄ってきた。

菜々子「ねぇねぇ!遥、髪ぼっさぼさだね〜♡遥、男子に呼ばれてるよ?知り合い?」

菜々子が指さした先……教室のドアの所には、見たことの無い男子生徒が、そわそわした様子で待っていた。

菜々子「また告白じゃない〜?これで何回目よっ!本当にモテモテなんだから〜♪」

遥「そ、そんなわけないよ……っ!私、全然モテないし。寝坊して走ってたらぼさぼさになっちゃった」

菜々子「本当に無自覚で鈍感だよね〜……。もう天然記念物って感じ?」(ジーッと遥を見る)

菜々子は私の事を、天然記念物に見えているらしい。

遥「私は全くモテないから……っ!」

そう言って、教室のドアのところで待っててくれていた男の子に近づいた。

顔を真っ赤にして、緊張している様子。

男子生徒「あ、あの……」

遥「えーっと……ここじゃあ目立つし他の場所行きませんか……?」

男子生徒「はい……っ」

そう言って私が選んだ場所は、人気の少ない階段。

生徒達の笑い声は話し声が響く中、私達は沈黙していた。

男子生徒「あのっ」

遥「ねぇ……っ」

2人「「あ……」」

再び沈黙が訪れて、すっごく気まづくなってしまった。

男子生徒「あの、俺、1年の頃から遥さんが好きでした!!付き合ってください!」

沈黙をいきなり破ったかと思ったら、私に深く頭を下げて告白してきた。

遥(菜々子の言った通り本当に告白だった……。でもこの人の事を知らないし、名前すらも……。断ろう)

遥「ごめんなさい。貴方のことよく知らないので付き合えません。あと……」

あと彼氏を作る気は無いので、そう言おうとした時、頬に痛みを感じた。

男子生徒「なんでだよ……っ!付き合うくらいいいじゃねぇかよ!その顔で男を取っかえ引っ変えして遊んでんだろ?俺でもいいじゃねぇかっ!」

遥(いきなり……何っ?こ、怖い。しかもすごく痛い)

いきなり豹変した男子生徒が怖くなりギュッと目をつぶった。

目を開けると、すごく近くに男子生徒の顔があって、私が目を開けたのを見た瞬間私の腕を掴んできた。

遥「離してください……っ」

男子生徒「俺と付き合うって言うまで離さねぇし、もっかい殴るぞ?」

遥(そんなのただの脅しだしこの人普通に殴ってきそう……)

誰か助けて、そう言おうとした時、後ろからふわりと抱きしめられた。

遥(な、に……?誰?)

俊斗「おい。てめぇ何してんだ?俺の女に手出して、脅してビビらせて、そんなの好きな女にする態度じゃねぇだろ」

男子生徒「な……っ!!」

遥「一之瀬さん……っ?」

声の主が一之瀬さんだとわかった瞬間、なんだか安心感が胸に広がる。

遥(というか俺の女って……。私を守るために言ってくれてるんだよね……優しい)

後ろから抱きしめられているため、一之瀬さんの顔は見えない。

でも目の前の男子生徒は、恐怖に体が震えていて物凄い青ざめているから、相当怖い顔をしているんだろう。

遥(今思い出したけど、3年のイケメンな女嫌い御曹司って一之瀬さんの事だよね……?なんで私を守ってくれているの……?)

俊斗「何か言えよ。遥に謝るくらい出来ねぇのか?謝っても傷はすぐに治らねぇけどな。女の顔に傷をつけるとか男として終わってる。あと金輪際遥に関わるな」

男子生徒「わ、悪かったよ」

そう言って、走って逃げていった男子生徒を、一之瀬さんは見つめると。

俊斗「ち……っ」

と舌打ちを漏らした。

遥「どうして一之瀬さんが来てくれたんですか……?」

安心と恐怖で涙が溢れてきた私に、優しく微笑みながらこう言った。

俊斗「遥に会いに来たんだよ」

遥「……な、なんでですか」

俊斗「好きな女に会いたくない男なんて居ない。俺は遥が好き」

遥「な……っ!冗談は良してくださいよ……っ」

俊斗「まぁ、今は冗談でいいよ」

そう言って笑った一之瀬さんに、なぜだか胸がキュンっと鳴った。

俊斗「遥の顔、手当てした方が良いから保健室へ行こう」

遥「いいえっ!大丈夫です!」

慌てながら吐き捨てると……。

キーンコーンカーンコーン……。

チャイムが鳴ってしまった。

一之瀬さんは綺麗な笑顔でこう言った。

俊斗「頬が痛むんだったらすぐに保健室へ行けよ?あといつでも俺のところ会いに来て。じゃあまた放課後迎えに行くから」

遥「は、はい……っ」

俊斗「じゃあな」

爽やかな笑顔を残して去っていった一之瀬さんに、胸のドキドキが止まらなくなってしまったのだった。

あぁ、どうしよう……放課後になっちゃったら、もう戻れなくなるかもしれない。

勝手に熱くなっていく顔を無視して、私も急いで教室へ戻った。


放課後、あんなことが起きるなんて知らずに……。