ひとしきり笑った和真は、深呼吸をして息を整える。
「失礼しました。あおいさんの作るココア、美味しいです。また作ってくれますか?」
「いつでも作ります!」
「ありがとうございます。では、おやすみなさい」
お礼と一緒に、あおいの頭にポンポンッと撫でると、マグカップを持って自室へ帰って行った。
撫でられた頭を押さえると、くすぐったい気持ちになりながら、ココアを飲み干すあおい。
(大人って…かっこいいなぁ……)
マグカップを洗い終えてから、自室のベッドに横になる。
明日からの学園生活にちょっとしたワクワクと不安を織り交ぜた気持ちを抱えたまま、眠りについた。
その夜、あおいは懐かしい夢を見た。
姉に手を引かれる自分は悲しい気持ちになりながら歩く幼いころの自分。
すると、あおいたちの方へ、男の子が一人かけてくる。
『あおい!』
男の子と同時に自分の名前が呼ばれ、ふり返ってみたら、そこにいたのは和真だった。
やさしく笑ってくれていた。
…—
翌朝、セットしていたアラームの時間通りに起きたあおいは、すぐに身支度を始める。
改めて鏡に写る明望学園の制服を着た自分を見て、苦笑いをした。
しかし、両指で口元を引き上げると、無理矢理笑顔を作る。
「…よし!」
リビングへ向かうと、ネクタイを結んでいる和真がいた。
「おはようございます」
「おはようございます!今日はお仕事早いんですか?」
「いえ…まぁ…」
言葉を濁したように小さく答えると、じぃっとあおいを見る。
和真の視線にドキッとするものの、どこか変な場所があるのかと髪の毛を触った。
「えっと…寝ぐせとかありますか?」
「…あぁ、いえ。やっぱり、似合いますね」
「ありがとう…ございます………あ、朝ご飯作りますね!パンとご飯、どちらにしますか?」
「今日はパンがいいです」
気恥ずかしくなったあおいは、話題を食事に移すと、エプロンを付けて朝食の準備を始める。
和真は、自分の支度を終えると、ダイニングテーブルに着き、スマホとタブレット端末を各々扱い始めた。
しばらくして、トーストと目玉焼き、野菜スープとコーヒーが卓に並んだ。
あおいも席に着くと、二人揃うと朝食を食べる。
時計を見て、出発する時間が近づいていることに気づくと、緊張と不安が秒を刻むごとに大きくなっている気がした。
食べている途中の手を止めると、そのまま食事を終えるあおい。
「今日はそれだけですか?」
「えっと、はい…その…なんだか緊張しちゃって…」
「そうですか」
励ましや慰めを求めていたわけじゃないが、少しだけ期待してしまったあおいは、エプロンを外して席から立ちあがった。
「すみません。今日は先に行きます」
「三森が迎えに来るので、僕と一緒に出ましょう」
一緒に食べ終えた食器を片付け、玄関に向かう。
和真が靴を履いている間、俯いたままのあおいの手は震えていた。
「いってきます」
いつもと変わらず、あおいへふり返って出かける挨拶を告げた。
「えっ、あ、はい!いってらっしゃい…!え…?いってきま、す…?」
反射的に答えるあおいだが、自分も学園に行く目的があるので、出かける挨拶を返してしまった。
小首を傾げる和真は、少し考えると、あることに気づく。
「なるほど。今日からは僕も言うんですね。あおいさん、いってらっしゃい」
顔を上げると和真の優しく微笑む顔が見えたが、すぐにドアへ向けられたため、一瞬しか見られなかった。
しかし、初めて言われる和真からの見送りの挨拶に、ほんの少し勇気づけられると、一緒に自宅を後にする。
