青春のたまり場 路地裏ワンウェイボーイ

 何で芳江のやつ、俺なんかに惚れたんだろうなあ? それは未だに分からない。
ただ卒業式の日、「ずーーーーーーーーーーと傍に居たい。」って泣きやがったんだよ。 だからほっとけなくてさ、、、。
 結婚したのはいいけれど、「私ね、25歳まではバージンで居たいの。」なんて言い出して夜のお務めはしばらくお預けだった。 風呂だって別々に入ってたんだぞ。
うっかりドアを開けようものなら「やだあ。 変態! 入ってこないで!」って素っ裸で大騒ぎする。 「しっかり見えてるけど、、、。」って言ったら泡塗れのタオルを投げ付けてきた。
ほんとに25歳を過ぎるまでは大変だったんだ。 母ちゃんたちは呑気な目で「子供はいつ?」って聞いてくるけど、、、。
そんなの分かんないよなあ。 俺だって仏様じゃないんだから。

 レコードを聴きながらコーヒーを飲んでいると「ただいま。」って芳江が帰ってきた。 もう7時過ぎである。
「町内会の、、、。」 「ああ、店に来たわよ。 明日は話し合いだからよろしくね。」
「またか。」 「またかは無いでしょう? 宮前のために私は、、、。」
「分かった分かった。 慈善運動も大変だねえ。」 「慈善じゃないわよ 馬鹿。」
「馬鹿とはひどいなあ。」 「ああ、ごめんごめん。 お馬鹿さん。」
「同じやないかーーーい。」 「違うわよ 一応。」
 今夜もまあこんな感じで仲がいいのか悪いのか分からない俺たちなのであります。
 カレーを食べながら芳江はメモ帳を開きました。 「えっと、、、。」
「町内会も大変だねえ。」 「あなたの面倒を見るよりは楽よ。」
「グ、、、。」 「あらあら、悪いこと言ったかなあ?」
「十分に悪過ぎるけど、、、。」 「ごめんなさいねえ、お坊ちゃん。」
「俺はガキじゃねえぞ。」 「十分にお子様よねえ。」
「あのなあ、、、、。」 「ほらほら怒った。 やっぱりお子様だわ。」
「いい加減にしろや。」 「よしよし。 いい子いい子。 可愛がってあげるからねえ。」
 俺が噴火しそうになると芳江は飛んできて頭を撫でさするのであります。
いつもいつもこうして俺は黙らせられるの。 なんとかしてくれーーーーーーー。
 さてさて、その日も夜になりました。 ってとっくに夜なんだけど、、、。
「寝るかな。」 そう言って俺が布団に入ったところへ芳江が転がり込んできた。
「何か用?」 「虐めちゃったからさあ、可愛がってあげようと思って、、、。」
「へえへえ、そうですか。」 「冷めてるのねえ?」
「毎度のことだから。」 「毎度、、、、、、、、は無いでしょう? これでもあなたのことを思ってるのよ。」
「その肉まんがふやけたような顔でか?」 「失礼ね。 こんな可愛い女を捕まえて。」
「可愛い? お前が?」 「そうよ。 こうして役にも立たない旦那様の面倒を見てるんですからね。」
「泣いてくっ付いてきたのは何処の誰でしたっけかなあ?」 「昔のことはいいからこっち向いてよ。」
あんまり芳江がせがむものだから向いてやります。 ところがね、、、、。
向き合った瞬間、どっちからともなく思いっきり噴き出すのでした。
「お多福とひょっとこじゃあ、話にもならんなあ。」 「いいからいいから。 寝ましょう。」
 とまあ、今夜も奥様は俺の腕枕で寝てしまうのでありました。
 外ではエンジンを吹かしているいかれたバイクが走ってます。 近頃、この辺りでも煙草を投げ捨てるやつが居るそうで、、、。
何も起きなければいいんだけどなあ。 と思っていたら、、、。
 「おい、消防車が走ってるぞ。」 「何か有ったのかしら?」
真夜中も真夜中、2時ごろのことです。 表通りを消防車が何台か走って行きます。
近所では数人の男たちが話しているのが聞こえますね。 「いやいや、山田さんちが火事だってよ。」
「あれじゃあ、婆さんも大変だろうてな。」 「そらそうと、何で?」
「分かんねえ。 また投げ捨てたやつが居るんじゃないのか?」 「煙草かい。 迷惑なもんだなあ。」
「最近の若いやつらはルールっちゅうもんを守らんからなあ。 けしからんこった。」 「この辺りでも増えてるんだろう? なんとかしねえとやばいぞ。」
 「山田さんか。 いい迷惑だなあ。」 「そんなこと言ってないで様子を見てきてよ。」
「朝になったら分かるよ。 寝ようぜ。」 「もう、、、。 そんなんでいいの?」
「明日になりゃ警察だって飛んでくるんだ。 そうすりゃ嫌でも分かるよ。」 俺は心配そうな芳江を宥めながら毛布をかぶるのでありました。
 翌日は朝から雨が降っております。 芳江も憂鬱そうな顔で空を見上げております。
「山田さんと言えばスーパーの近所だからついでに見てくるわね。」 「ついでか、、、。」
「何よ?」 「さんざん俺に言っといてお前もついでじゃないか。」
「仕方ないわよ。 遊んでるわけじゃないんだから。」 「そうでしたねえ。 副店長様。」
「やめてってば。 馬鹿。」 「ほらほら、怒るとすぐ俺を馬鹿って言う。」
「ごめんなさい。 ご主人様。」 「分かればよろしい。」
「何気取ってるのよ? 馬鹿。」 「ああもう、、、。 いいから行って来い。」
 バタンとドアを閉めた芳江はそのままスーパーへ走って行きましたとさ。 チャンチャン。
 例の火災現場では警察官と消防隊員が調べを進めていますが、、、。 「漏電でもないのか。」
「今の時期、ストーブも使わないしなあ。」 焼け跡を眺め回している消防隊員が玄関脇の焼け跡を不思議そうに眺めています。
「これは何だろう?」 拾ったのは週刊誌の燃えカス。 「火元はこれじゃないか?」
「週刊誌?」 「たぶん、これに火を点けてだな、、、。」
 「でもさ、何で週刊誌が玄関脇に落ちてるんだ?」 「犯人だよ。 放火したやつが居るんだ。」

 その家から避難した人たちはスーパーの駐車場で固まっていました。 「取り合えず空いている団地の部屋に入ってください。 今後の相談はそこからですね。」
市役所の職員も(やれやれ、、、。)っていう顔をしている。
 スーパーはいつも通りの営業だ。 芳江も朝から忙しく走り回っている。
「山田さんち、半分燃えちゃったんだって?」 出勤してきた店員たちが焼け跡を見ながら話し合っている。
野菜担当の亀田裕子は渋い顔で話を聞いている。 「どうしたの? 裕子ちゃん。」
「だって私、山田さん嫌いだから。」 「何で?」
「あそこの旦那さん 私をジロジロ見てて気味が悪いのよ。」 「好かれてるってこと?」
「何年も続いてるから警察にも相談したの。 でも取り合ってくれないのよ。」 「何で?」
「あの旦那さんが議員だからよ。」 そういえば聞いたことが有る。
 市議会議長の不倫は有名な話だし、議員がストーカーをしてるのも有名な話。
そしてそれを警察が見て見ぬ振りを決め込んでいるのも事実。 おかしな町だよなあ。
え? 日本全国何処でもそうだって?
それを言われちゃお終いよ。 ねえ、兄さん。
何でこんな饐えた国になったのかねえ? 江戸時代に戻りたいよ。
 国会議員だってろくなやつ居ないじゃないか。 頭を下げればいいと思って。
俺たちの暮らしはあいつらに握られている。 あいつらが喜ぶようなやつらしか栄えない変な国。
ずーーーーーーーっと昔から比べれば日本だって民度は信じられないくらいに下がってるよ。
でもそれに誰も気付いてない。 終わってるよね。