青春のたまり場 路地裏ワンウェイボーイ

 そりゃさあ、共働きだったら夜飯を作るのもおっくうになるよ。 弁当でごめんってな。
 店を出て歩いていたら床屋の看板が見えてきた。
(そういえば佳代子はどうしてるかな?) 気になった俺は店内を何気なく覗いてみた。
(居る居る。 元気そうだね。) 「あらあら、一郎さんじゃない。 どうしたの?」
「最近見掛けないから気になってさ。」 「やあねえ、東京の叔父が脳梗塞で倒れたのよ。 それで見舞いに行ってたの。」
「んで、大丈夫なのか?」 「幸いに軽かったから麻痺もそんなに出ないでしょうって。」
「雷に打たれても死なねえようなおっさんがなあ。」 「あなたも気を付けたほうがいいわよ。」
「ありがとう。 俺はノミが噛みついても死にそうだから大丈夫だよ。」 「あはは、冗談きついわ。」
「佳代子さん、お金置いとくよ。」 「はーい。 ありがとうございまあす。」
 佳代子は高校からの同級生。 実は狙っていた女だった。
その頃はサッカー部でマネージャーをしてたんだ。 それも有ってか先輩に夢中だった。
「そろそろ佳代子も結婚したらどう?」 「いい人が居たらいいんだけどなあ。」
「居るんじゃねえのか?」 「それがさあ、さっぱりなのよ。」
「みんな見る目無いなあ。」 「それだけだといいんだけどな。」
「決まったらお祝いするよ。」 「ありがと。 待ってるね。」
 店を離れて歩いていると、、、。 「やい、一郎! 決着を付けようぜ!」
「またお前かよ。 うぜえんだよ。 失せろ タコ。」 「貴様 俺に負けたくないから逃げてるんだろう? 弱虫目。」
「お前こそ決着を付けられないから怒ってるんだろう? タコクジラ。」 「何だと? かかってこい!」
「喧嘩はごめんだぜ。 平和主義者なんでな。」 「へへへ、負けるのが悔しいんだろう? 弱虫。」
「お前なんか相手をしてる暇は無いんだよ。 アホ。」 「てめえ!」
いつものように太郎は殴りかかってきた。 こいつはいつでもそうだけど、威勢のいいことばかり言う割にめっぽう弱いんだ。
頭にきたから鳩尾に一発、パンツを、、、じゃなくてパンチをお見舞いしてやった。 「グーーーーーー!」
 俺はスッ転んでいる太郎を尻目に大通りへ向かった。 「てめえ! 覚えてろ!」
 再開発をするとかしないとか先生方はもめていらっしゃるようだけれど、そんなのはどうでもいいんだ。 この町をすっきりさせてくれ。
大通りを隣の倉田町へ向かっていくと、おやくざの事務所が有る。 ここには誰も近付かない。
玄関前には黒塗りの厳つい車が止まっていて、中からはいつも怒声が聞こえてくる。
「町民の皆さんに手出しはしません。」って仏様みたいな顔で仰るけれど、部下の皆さんはどうなのかね?
「ほんまもんのやくざなら一般庶民には手も足も出しまへんで。」 誰かが言っていた。
それならそれでさ、部下のしつけもよろしく頼んだよ。
庶民に手出しをしてるのはお宅らの部下なんだからね。
特にあの【半端者】と呼ばれるような人たちね。 規律を守らせてよ。
 大通りから左に曲がると商店街。 昔はさわやか商店街って呼ばれていたアーケード街だ。
この隅っこに芳江が働いているスーパー 元気屋が在る。 買い物を思い出した俺は店に入っていった。
あちらこちらで店員の声が聞こえる。 野菜が安くてね。
「玉ねぎとジャガイモを買っていこうかな。」 いくつか籠に入れてレジへ向かう。
「あーら、買い物に来たの?」 「うわ、、、、芳江が居た。」
「居て悪かったわね。 午後は私もレジ打ちしてるのよ。」 さわやかに笑いながら文句を言う芳江の前に籠を置いた。
「今夜はもしかしてカレー?」 「見抜かれた。」
「分かるわよ。 ニンジンと豚肉は有るからそうだろうなって思っただけ。」 「ご推察の通りでございます。」
「あらま、やけに素直なのねえ。」 「高柳副店長と喧嘩するわけにはまいりませんから。」
「やめてよ。 副店長なんて、、、。」 珍しく赤面している芳江に投げキッスをしてから俺は店を出る。
買い物袋をぶら下げて公園前を通り過ぎる。 子供たちが遊んでいる。
元気がいいもんだ。 俺だってたまには滑り台で遊びたいよ。
いつだったかなあ、芳江と滑り台で遊んでいたら、急に泣き出したんだよ。 「どうかした?」
何気に聞いてみたら「スカートのお尻が破れちゃった。」だって。
家に行ったらお母さんに俺までしこたま怒られたっけ。 「スカートが破れるような遊びはもうしないで。」って。
しばらく芳江とは遊べなかったなあ。 高校生の時だぜ。
 芳江のお母さんはとにかく厳しかった。 勉強だって手抜きは許されなかったんだ。
芳江はいつも泣きべそをかきながら俺に言うんだ。 「ノートを貸してくれ。」って。
いつも貸してやった。 それでいつも二人で勉強してたんだよ。
 あいつは英語は得意だった。 外交官にでもなれるんじゃないかってくらいにね。
俺は、、、何とも言えない。 ごくごくごく平凡だった。
何が得意ってわけでもなく、苦手ってわけでもなかった。
数学はちょっとね。 足し算と引き算と掛け算と割り算が出来ればいいって思ってるから。
だからさあ、方程式なんて二人揃ってちんぷんかんぷんだよ 今でもね。

 家に帰ってくると冷蔵庫に野菜を放り込む。 夕食にはまだ早い。
コーヒーを飲みながら一服しましょうじゃない。
今日も懐かしいレコードを聴きますか。 テンプターズだぜ。
そうそう、スパイダー図とかワイルドワンズとかいろいろと集めたんだよ。 gsも好きだからね。
俺だってバンドやりたかったよ。 でも貧乏でギターなんて買えなかった。
だからさあいつも机を叩いてドラムやってる振りをした。 バンドやってる連中が羨ましかったなあ。
 でもこうしてバンドばかり聞いてても飽きるよね。 たまにはっと、、、。
そこで取り出したのが太田裕美でございます。 なんか可愛いよね この子。
ピンクレディーもいいけれど、俺は裕美ちゃんのほうが好きだなあ。
うんうん、待て待て。 渡辺真知子も捨てたもんじゃないぞ。

 ぼんやりとレコードを聴いておりますと、5時のチャイムが、、、。 「さてと、夕食を作るか。」
一度、居間の窓を開け放して空気を入れ替える。 それから台所へ。
豚肉だのジャガイモだのを取り出して調理を、、、。 すると、、、。
「おーい。 一郎は居るか?」 玄関で声がする。
ドアは開けっ放しだから誰彼構わずに飛び込んでくるんだよ。
「うっせえなあ。 居ねえよ。」 「おやおや、一郎君。 居たのかね?」
「居たのかね?じゃないよ。 ボケ。」 「ボケとはひどいなあ。 用事が有るのに。」
「つまらん用事なら太郎にでも頼めよ。」 「いやいや、それがだなあ、、、。」
「だから、、、さっさと言えっての。」 「嫁さんに借りた金を返せなくてさあ。」
「嫁に返せねえのに俺に返せるのか? ポンコツ。」 「そこをなんとか、、、。」
「嫁さんでも担保にするんなら考えてやってもいいぜ。」 「それだけは勘弁。」
「勘弁も小便もねえんだよ。 帰りやがれ!」 「あのあのあの、、、。」
ぶら下がってくる喜一を追い出してからまたまた台所へ、、、。 豚肉を切りまして鍋に放り込むます。
んでもって玉ねぎとかニンジンもバッサリとやりまして、鍋に放り込んだら水を入れてしばらくの間はグツグツと、、、。
そこにカツオ風味のほんだしをパラパラっと。 んでニンニクを摩り下ろしてパンパンと落としますです。
これが煮えてきたらルーを放り込んで火を止めますね。 沸いたまんまじゃルーは溶けないのよ。
ルーを入れたら30分は放置しましょうねえ 皆さん。 溶けきったらまたまた火を点けます。
ってカレーに火を点けるんじゃないよ。 いい感じに煮えてきたらちょいと味見をして出来上がり。
そうそう、ソースとかケチャップを少々垂らすと美味しくなるからね。 これで高柳一郎 ご自慢のカレーが出来上がりだあ。
あとは女房が帰ってくるまでコーヒーを飲みながら待ちましょうかね。
 いい具合に夕日が沈んできた。 いいねえ、遠くに夕日が沈んでいくのは。
たぶん明日もいい天気だあ。 たまには雨くらい降るかなあ?
 またまたどっかみたいに大渇水なんてごめんだからね。 さてさて本でも読むか。
居間の片隅には芳江が買い集めた小説が並んでいる。
「おーおー、西村京太郎先生じゃないかいな。 読ませてもらおうぜ。」 あのサスペンスは面白い。
よくもまあ、これだけの資料を揃えられたもんだなっていつも感心してしまう。 とっさんと亀さんのコンビは最高だねえ。
読みふけっているとまた誰かがやってきました。 「今度は誰だよ?」
うっとおしそうに玄関へ出ると町内会のおばさんが、、、。 「用事が有るんだけど、、、。」
「ああ、家内はまだまだ帰ってこないから明日ね。」と追い返しました。 冷たいなあ、俺。