以降、俺は潔癖症と言われるようになる。そして、母が作ったものは食べられなくなった。

 食べられないのは母の料理だけではなかった。家政婦の料理も無理。手料理というものが、そもそも受け付けないのだ。
 
 その事件以降、俺にとって唯一食べられる手料理は、麻衣子おばさんの手料理だけになった。
 なぜならあの家は徹底している!
 必ず別箸を使って取り分け、味見も小皿を使い分ける。鍋を囲む時も必ず菜箸で取る。

 安全だ!
 クリーンだ!

 麻衣子おばさんに育てられた結衣子も当然徹底している。

 安全だ!
 クリーンだ!

 だから結衣子の手料理ももちろん食べられた。

 俺のトラウマの原因を、結衣子が麻衣子おばさんに報告していた。
 そのため早い段階で母のプライドを傷つけることなく、枚岡家で夕食を食べられるよう、麻衣子おばさんが母に申し出てくれた。
 名目は結衣子の弟、光太郎が勉強を教えてもらう代わりに、俺に食事を提供する、というもの。
 料理嫌いの母にとっては渡りに船。多感で食欲も旺盛なこの時期、俺は枚岡家の食卓に救われたのだ。

 これが、12年前に起こった、俺のトラウマとなる事件だった。