アンの猫目にぎゅぎゅぎゅと痛みと涙が膜を張ったが、アンは首を振った。


(違う。ミカエルは悪くない。物語の強制力ってやつだ。

私がミカエルになびいたから、乙女ゲーのストーリーが元の形に動いたなんてあるあるだよ。

悪役令嬢の私の役割は、邪魔者、なんだから)


元三十路オタクのアンは、乙女ゲー自体も、乙女ゲーを題材とした異世界転生小説にも精通している。


どう足掻いてもストーリーの強制力が勝つ展開はいくらでもあった。


(最初に決めた、ミカエルの思い通りにならないっていう誓いを破ったからこうなるんだ……私が悪い)


アンは乙女ゲーにおける役割を遂行するように命じられた気がした。

お前の運命は決まっていると告げられた気がした。


しかしオタクは折れない。状況把握が強い。こうなったらやることも決まっている。


(失恋はしょうがない!)


アンはぼろぼろ零れ始めた涙の雨を拭いて、弾けるように走り出した。保健室の開けっ放しだったドアをくぐって、アンはその場から逃げた。



(でもでも、絶対断罪ルートは逃げ切ってやる……!婚約者にだけは、ならないから!)


アンはまっすぐすべきことを遂行すべく、図書室の呪い魔法の本棚へと走った。