「それにしても、変な話じゃない?」


1時間ほど黙々と坂を登った頃、私の足に限界が訪れたので休憩を挟んだ。


「何がだ?」
「どうして自分の封印を自分で直すの?」


ずっと気になっていたことを直球で訊いてみた。実は『皇憐-koren-』を読んでいたときから気になっていたのだが、本編ではまだ言及されていないのだ。

皇憐は頬杖をついて首都の方角へと顔を向けた。恐らくどう答えるべきか思案しているんだろう。そんなに回答に困るようなことなんだろうか…。


「……言いにくいならいいんだけどさ、普通封印されてる側って、解放されたいと思うんだよね。」
「まぁ…、そうだな。」
「1000年も封印されるなんて…、何をやらかしたらそんなことになるの?」


そう問うと、皇憐は「ん〜」と言葉を濁しながらこちらに顔を向けた。


「皇太子の婚約者の略奪?」


悪戯(いたずら)っ子のようにニヤリと笑ってそう言うものだから、私はギョッとして腰掛けていた岩から転げ落ちそうになった。
何とか体勢を立て直して皇憐に向き直るも、どうやら嘘ではないようだ。


「重罪だとは思うけど…でもさ、1000年も封印するようなこと…?」


そう言うと、皇憐は笑って肩をくすめるだけだった。これ以上は触れるな、ということか。私は封印の理由を聞き出すのを諦めた。


『皇憐-koren-』の中では、皇憐は(よこしま)な龍として扱われている。国民にもそのように伝わっており、行く先々で皇憐は自分の悪評を耳にすることになるのだ。

けれど…、昨日会ったばかりだが、そんな悪い人には見えない。皇帝たちの接し方も、『皇憐-koren-』のそれとは異なっているように感じる。

まぁ『皇憐-koren-』はあくまで漫画だし、多少の知識は与えてはくれても、旅の指南書とするには無理があるか。
多少の知識を与えてくれるだけでも感謝せねば…。そう思い、私は心の中で手を合わせた。


「さて、もう少し先に進むぞ!」


膝に手をついて立ち上がった皇憐を、つられて見上げた。

…やっぱり、かっこいいなぁ。推しとこんな風に一緒に居られるなんて、なんて贅沢。贅沢を噛み締めながら立ち上がると、背後に何か気配を感じた。


振り返ると、木と木の間からこちらを伺う熊がいた。


「こ、皇憐…!!」


私は慌てて岩から飛び降りると、皇憐の側に寄った。熊はノソノソとこちらへ近付いて来ると、低い唸り声を発した。

待って、戦う方法考えるのすっかり忘れてた! 私戦えないし、皇憐も戦えないし、逃げる!? って、逃げ切れるもの!?

脳内パニックに陥る私を他所に、皇憐は荷物を私の足元に置いた。


「荷物頼む。」


そう言って、皇憐は熊の方へ少し近付いた。


「こ、皇憐!?」
「おーおー、こりゃ『怨念(おんねん)』に取り憑かれてんなぁ。」


そう言うと、皇憐は空中に手をかざした。するとどこからか大量の(つる)が伸びてきて、熊の四肢を縛り上げた。


「結。」
「は、はい!」
「こいつの顔、『(もん)』が出てるの分かるか?」
「紋…?」


よくよく見れば、なんだか(つた)()ったような黒い模様がある。


「怨念に取り憑かれている証拠だ。」
「え…?」


私が困惑している間に、皇憐は蔓で心臓を一突きにして熊を仕留めた。あまりの急展開にボンヤリと熊の顔を見ていると、目の光がどんどん失われ、やがて消えていったのが分かった。

そして熊が死んだと同時に、先程の模様も徐々に消えていった。