忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 式が終わると、キャンパスは一気に騒がしくなった。

「新入生ですかー!」

「テニス興味ない?」

「軽音どうですか!」

「バスケ経験者ー?」

「ダンス興味ないですかー!」

 あちこちから声が飛んでくる。

「すごい……」

 亜美が呟く。

 高校とは全然違う。

 色とりどりの看板。

 チラシ。

 楽しそうに笑う先輩たち。

「はい、これ!」

「あ……ありがとうございます」

 差し出されたチラシを受け取る。

 また一枚。

「新入生? よかったら!」

「あ、はい」

 また一枚。

「亜美」

「何?」

「全部受け取ってたらすごいことになるぞ」

「でも渡されたら……」

「断ればいいじゃん」

「申し訳ない」

「…………」

 群司が亜美の手元を見る。

 すでに何枚もある。

「貸して」

「え?」

 半分ほど取られた。

「何するの?」

「持つ」

「いいよ、自分で持てる」

「また増えるだろ」

「増えないよ」

「絶対増える」

「増えないって」

 次の瞬間。

「新入生ですよね? 映画研究会――」

「あ、はい」

 亜美がまた一枚受け取る。

「ほら」

「…………」

「増えたじゃん」

「一枚だけ」

「まだ始まったばっかりだぞ」

 群司が呆れたように笑う。

「ちゃんと見るから」

「全部?」

「一応」

「絶対見ない」

「見るよ」

 そんな話をしながら歩いていると。

「ダンスサークルでーす!」

 元気な声が聞こえた。

 亜美は特に気にせず、そのまま通り過ぎようとする。

 けれど、隣を歩いていた群司が足を止めた。

「…………」

「群司?」

 亜美も止まる。

 群司は、ダンスサークルの看板を見ていた。

「興味あるの?」

「まあ」

「ダンス?」

「うん」

「意外」

「何で」

「群司が踊ってるところ想像できない」

「失礼だな」

「だって、やったことあるの?」

「あるよ」

「え?」

 亜美は群司を見る。

「あるの?」

「ある」

「いつ?」

「小さい頃から」

「…………」

「何その顔」

「初めて聞いた」

「言ってなかったっけ」

「聞いてない」

「姉貴と一緒に習ってた」

「お姉さんいるの?」

「……そこから?」

「それも初めて聞いた」

 群司が吹き出した。

「じゃあ今知ったな」

「何で今まで言わなかったの?」

「別に隠してたわけじゃねえよ」

「じゃあ何で?」

「話す機会なかっただけじゃね?」

「…………」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 高校で知り合って。

 屋上で話すようになって。

 いろいろな話をした。

 でも、お互いのことを全部知っているわけじゃない。

「いつまでやってたの?」

「中学まで」

「中学って、部活やってたよね」

「うん。そっちが忙しくなって辞めた」

「そうだったんだ」

「高校入ってからは全然」

「じゃあ結構久しぶり?」

「まあな」

「へえ……」

「何」

「群司、踊れるんだ」

「さっきからそればっかだな」

「だって意外なんだもん」

「そんな意外?」

「うん」

 亜美は改めて群司を見る。

 高校時代の群司しか知らない。

 制服を着て。

 屋上で音楽を聴いて。

 隣でくだらない話をして。

 時々、少し意地悪なことを言って。

 笑って。

 そんな群司。

 その前の群司を、亜美は知らない。

「…………」

「何?」

「見てみたい」

「え?」

「踊ってるところ」

 群司の目が少しだけ大きくなる。

「……見たいの?」

「うん」

 亜美は素直に頷いた。

「本当に踊れるのか気になる」

「疑ってんじゃねえか」

「ちょっとだけ」

「失礼すぎるだろ」

「だって見たことないし」

「じゃあ」

 群司がダンスサークルの看板を見る。

「見学、行ってみようかな」

「入るの?」

「まだ分かんないけど」

「また踊りたい?」

「…………」

 群司は少しだけ考えた。

 幼い頃。

 姉貴と一緒に通ったダンススクール。

 音が流れると、身体を動かすのが楽しかった。

 中学で部活を始めて、自然と辞めた。

 嫌いになったわけではなかった。

 ただ、やらなくなっただけ。

「……ちょっと」

「そっか」

「亜美も来る?」

「私?」

「うん」

「踊らないよ」

「別に踊らなくていいだろ。見るだけ」

「…………」

「見たいって言ったの亜美じゃん」

「そうだけど」

「じゃあ来れば?」

 亜美は少し考えて。

「いいよ」

「軽いな」

「見るだけでしょ?」

「まあな」

「じゃあ行く」

 群司が笑った。

「決まり」

 亜美も笑う。

 ただの見学。

 このときは、それだけのつもりだった。