忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 大学説明。

 学部紹介。

 キャンパスツアー。

 模擬授業。

 午前中だけでも、亜美はかなりの場所を歩いた。

 最初は物珍しく辺りを見ていたものの、昼を過ぎる頃には少し疲れていた。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「大学生って毎日こんなに歩くの?」

「今日はいろんなところ回ってるから」

「足痛い」

「運動不足」

「違う」

「じゃあ何」

「大学が広すぎる」

「大学のせいにするな」

「最近、似たようなこと言われた気がする」

「誰に?」

「塾の先生」

「何したんだよ」

「消しゴム落とした」

「それで?」

「机が悪いって言った」

「亜美が悪い」

「二人とも同じこと言う」

「先生が正しい」

 即答され、亜美は不満そうに直充を見る。

「お兄ちゃん、私より会ったこともない先生の味方するの?」

「話を聞く限りな」

「ひどい」

 丈の顔がふと浮かぶ。

 きっと今の話をしたら、丈も直充の味方をするのだろう。

 それが簡単に想像できて、亜美はますます面白くない。

 今度会ったら言ってやろう。

 お兄ちゃんまで先生と同じことを言った、と。

 そんなことを考えながら歩いていると、直充がスマートフォンを見る。

「あ」

「なに?」

「ちょっと呼ばれた」

「誰に?」

「大学の先生。少し手伝ってほしいことがあるって」

「また頼まれ事?」

「……たぶん」

「やっぱり」

「すぐ終わると思うから」

「お兄ちゃん、ほんと断らないよね」

「断ってる」

「いつ?」

「……たまには」

「たまにしか断ってないんだ」

 直充は何も言い返さなかった。

 亜美は呆れながらも、やっぱり、と思う。

 昔から直充はこうだった。

 真面目で、人から何かを頼まれると放っておけない。

 面倒だと言いながら、結局最後までやってしまう。

 大学へ行っても変わっていないらしい。

 直充は周囲を見渡した。

「亜美、軽音の部室見たいって言ってたよな」

「うん」

「じゃあ先に行っててくれる?」

「一人で?」

「場所分かるだろ?」

「分からない」

「さっき説明した」

「聞いたけど覚えてない」

「自信満々に言うなよ」

 直充は小さくため息をついてから、スマートフォンの大学構内図を亜美に見せる。

「今ここ。こっちの建物に入って、二階。廊下の一番奥」

「二階」

「そう」

「廊下の一番奥」

「そう」

「右?」

「建物入ったら案内出てるから」

「右?」

「……左」

「分かった」

「本当に?」

「たぶん」

「不安だな」

「子供じゃないから」

「迷ったら電話しろよ」

「分かった」

「勝手に知らないところ行くなよ」

「行かないよ」

 直充はまだ心配そうだった。

 けれどスマートフォンが再び震え、仕方なさそうに亜美から離れる。

「じゃあ、先に部室行ってて。すぐ追いつくから」

「うん」

 直充が離れていく。

 亜美はその背中を見送った。

 姿が見えなくなる。

 それから周囲を見る。

「……どっちだっけ」

 早くも分からなくなった。

 ほんの少しだけ心細くなる。

 けれど兄に電話するのは悔しい。

 子供じゃないと言ったばかりなのだ。

 亜美は小さく息を吐いて、一人で歩き出した。