忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 その日。

 塾を出ると、外はもう暗くなっていた。

 亜美は駅へ向かって歩く。

 人通りの多い道。

 店の明かり。

 仕事帰りの人。

 学生。

 楽しそうな声。

 その中を。

 亜美は一人で歩いていた。

「…………」

 信号が赤になり、足を止める。

 何となく。

 向かい側へ視線をやった。

 そして。

「……あ」

 見つけた。

 一瞬。

 人違いかと思った。

 でも。

 間違えない。

 あの日から。

 何度も思い出してきたから。

 赤みがかったブラウンの髪。

 少し気だるそうな立ち方。

 あの日。

 鍵盤の前にいた人。

 幸也先輩。

「…………」

 心臓が。

 跳ねた。

 こんなところで会えるなんて。

 声をかけたい。

 そう思って。

 一歩。

 前に出そうとして。

 止まった。

 幸也は。

 一人ではなかった。

「…………」

 隣に。

 女の人がいた。

 思わず。

 目で追ってしまうような人だった。

 すらりとした身体に、長い髪。

 大人っぽい服も。

 高いヒールも。

 無理をして身につけているようには見えない。

 全部が。

 その人に似合っていた。

 綺麗。

 亜美は素直にそう思った。

 女の自分から見ても。

 あんなふうになれたら、と。

 少し憧れてしまうくらい。

 その女性が何かを言う。

 幸也が笑う。

「…………」

 大学で会ったときとは。

 少し違う顔。

 亜美の知らない顔だった。

 女性が幸也の腕に触れる。

 その仕草まで。

 自然で。

 余裕があって。

 近い。

 でも。

 その距離に、少しも不自然さがなかった。

「…………」

 胸の奥が。

 ぎゅっと縮んだ。

 羨ましい。

 幸也先輩の隣にいることも。

 あんなふうに自然に触れられることも。

 もちろん。

 でも。

 それだけじゃなかった。

 あの人みたいになりたい。

 そんな気持ちまで。

 亜美の中に生まれていた。

 丈から聞いていた。

 ――幸也は意外と遊び人だよ。

 何度も女の子と付き合っている。

 そういう人だと。

 知っていた。

 だから。

 別に。

 驚くことではない。

 幸也には彼女がいるかもしれない。

 好きな人がいるかもしれない。

 自分以外の女の人と笑うことだって。

 当たり前なのに。

「…………」

 信号が青になる。

 人が一斉に歩き始める。

 亜美は。

 動けなかった。

 後ろから来た人が、亜美を避けていく。

 幸也と女性も。

 こちらへ向かって歩いてくる。

 どうしよう。

 見つかったら。

 いや。

 別に。

 見つかって困ることなんてない。

 自分は。

 ただ。

 大学見学で一度会っただけの高校生。

 幸也にとっては。

 それだけ。

「…………」

 亜美は俯いた。

 すれ違う。

 声はかけられなかった。

 幸也も。

 亜美には気づかなかった。

 女性の楽しそうな声だけが。

 すぐ近くを通り過ぎていった。