忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「広い」

 誠星大学の正門をくぐって最初に出た言葉が、それだった。

「感想それだけ?」

 隣を歩く直充が笑う。

「だって広い」

「高校と比べたらな」

「迷子になりそう」

「ならないだろ」

「お兄ちゃん、私のこと分かってない」

「分かってるから言ってる」

「絶対迷うよ」

「じゃあ俺から離れるな」

「子供じゃないんだけど」

「迷子になるって言ったの亜美だろ」

「……そうだけど」

 言い返せなくなった亜美を見て、直充が笑う。

 少し悔しい。

 けれど、こうして兄とくだらないことを言い合うのは嫌いではなかった。

 亜美はその隣を歩きながら、改めて大学を見渡した。

 夏の大学は、想像していたよりずっと賑やかだった。

 見学に来た高校生。

 案内をする大学生。

 友達同士で笑いながら歩く人。

 建物の前でパンフレットを配っている人。

 少し離れたところでは、サークルの紹介なのか、大きな声を出している学生たちもいる。

 高校とはまるで違う。

 制服もない。

 髪の色も、服装もばらばら。

 誰もが好きな格好をして、好きな人と話して、好きな方向へ歩いているように見えた。

 亜美は、無意識にその光景を目で追っていた。

「……自由だね」

「大学?」

「うん」

「まあ、高校よりは」

「お兄ちゃんも自由?」

「俺?」

「大学生になって変わった?」

 直充が少し考える。

「課題と頼まれ事は増えた」

「自由じゃないじゃん」

「おかしいな」

「お兄ちゃん、断らないからでしょ」

「断ってる」

「嘘」

「たまには」

「たまにしか断ってないんだ」

「……亜美、大学来てちょっと元気じゃない?」

「そう?」

「家出たときより喋ってる」

 言われて、亜美は黙った。

 そうかもしれない。

 どうしてだろう。

 考えながら周囲を見る。

 ここには、自分を知っている人がほとんどいない。

 誰も亜美のことを知らない。

 だから、誰も自分を見て何かを囁いたりしない。

 すれ違う大学生も、同じように見学へ来ている高校生も、亜美を一瞥したところですぐに自分たちの会話へ戻っていく。

 それだけのことなのに。

 少しだけ、呼吸がしやすい。

 知らない場所なのに、不思議だった。

「大学、いいかも」

「まだ何も見てないぞ」

「雰囲気」

「早いな」

 直充は笑った。

 亜美も少しだけ笑う。

 まだ何も知らない。

 けれど、高校とは違う場所がここにはある。

 それだけで、少し心が軽くなった。