忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「最近、学校どう?」

 塾で。

 丈が何気なく聞いた。

「学校?」

「うん」

 亜美は少し考える。

「……前より楽しいかも」

「…………」

 丈の手が止まった。

 ほんの一瞬だけ。

「そう」

「うん」

「よかったね」

 いつもの優しい声。

 亜美は頷く。

「友達ができたから?」

「たぶん」

「この前言ってた子?」

「うん」

 亜美は、何の警戒もなく話す。

「最近、屋上で一緒にお昼食べることがあるの」

「へえ」

「毎日じゃないけど」

「うん」

「廊下で会ったら話したり」

「うん」

「今日も朝、会った」

「……そっか」

 丈は笑っていた。

 だから。

 亜美は気づかない。

「どんな子なの?」

「前も聞かなかった?」

「聞いたっけ」

「変な人って言った」

「ああ」

 丈が笑う。

「それは覚えてる」

「でも」

 亜美は少し考える。

「友達、多い」

「そうなんだ」

「明るくて」

「うん」

「誰とでも話せるみたい」

「亜美とは正反対だね」

「……そうかも」

 亜美が笑った。

 丈も笑う。

「その子といると楽しい?」

「…………」

 亜美は少し考えた。

「楽しい……と思う」

 丈の胸の奥が。

 また。

 ちくりと痛んだ。

「そっか」

 声は、いつも通りだった。

「よかった」

「うん」

 亜美は嬉しそうに頷いた。

「学校、あんまり好きじゃなかったから」

「知ってる」

「先生にはずっと言ってたもんね」

「うん」

 知っている。

 学校に友達がいないこと。

 一人で昼を食べていること。

 教室にいると疲れること。

 誰かの視線が怖いこと。

 全部。

 亜美は自分に話してきた。

 だから。

 本当なら。

 喜ぶべきなのだろう。

 亜美が学校で笑えるようになったことを。

 自分以外にも。

 安心して話せる相手ができたことを。

「…………」

 でも。

 面白くない。

 また。

 同じ感情が浮かんだ。

「先生?」

「ん?」

「聞いてる?」

「聞いてるよ」

 丈は笑う。

「それで?」

「……何の話してたっけ」

「ほら、亜美も忘れてる」

「先生がぼーっとしてるから」

「僕のせい?」

「たぶん」

「ひどいな」

 亜美が笑う。

 その笑顔を。

 丈は静かに見つめた。

「…………」

 学校で。

 この顔を。

 あの同級生も見ているのだろうか。

 そう思った瞬間。

 胸の奥に。

 小さく。

 黒いものが滲んだ。