忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 夏休みに入って間もない朝。

 亜美は、自室の鏡の前で三度目の髪をとかしていた。

 いつもと同じ黒い髪。
 いつもと同じように下ろしているだけ。

 それなのに、なぜか今日は少し気になる。

「……変じゃないよね」

 鏡の中の自分に問いかけてから、亜美は首を傾げた。

 別に、誰かに会いに行くわけでもない。

 今日は大学見学だ。

 兄の直充が通っている、誠星大学。

 少し前、進路について家族で話していたときだった。

『まだ行きたい大学決まってないなら、一回来てみれば?』

 直充にそう言われた。

 亜美はまだ、自分が何を学びたいのか、はっきり決めていない。

 大学には行きたいと思っている。

 けれど、どこの大学へ行きたいかと聞かれると困る。

 ここがいい、という場所がない。
 これがしたい、というものもない。

 だから兄の誘いに乗った。

 ただ、それだけだ。

「亜美ー」

 一階から声がする。

「そろそろ出るぞ」

「今行く」

 返事をして、鞄を持つ。

 部屋を出ようとして――また鏡を見る。

「……大学って、これでいいのかな」

 制服で行くのだから、どうしようもないのだけれど。

 見知らぬ場所へ行くことに、少しだけ緊張しているのかもしれない。

 亜美は最後に前髪を指で整えてから、部屋を出た。