忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 曲が終わった。

「どうだった?」

 亜美が聞いた。

「良かった」

「本当?」

「うん。でも俺、ピアノとか全然分かんない」

「分からなくてもいいよ」

「いいの?」

「音楽だから」

「…………」

「好きなら、それでいいと思う」

 群司が亜美を見る。

 昨日より。

 少しだけ。

 話すようになった。

 ピアノの話をするときは。

 さらに少しだけ。

 声が柔らかくなる。

「亜美さん、ピアノ好きなんだな」

「うん」

「弾くの?」

「少しだけ」

「へえ」

「でも、聴く方が好き」

「何で?」

 亜美は答えようとして。

 少し迷った。

「……人によって、全然違うから」

「同じ曲でも?」

「うん」

 亜美の頭に。

 赤みのあるブラウンの髪が浮かぶ。

「同じ曲なのに、その人の音になるの」

「へえ」

「優しかったり」

「うん」

「荒かったり」

「うん」

「同じ人でも、途中で全然違ったりする」

 亜美の目が。

 少しだけ遠くを見る。

 群司は気づいた。

 誰か。

 いるのだろうか。

 ピアノに関係する誰か。

 聞こうとして。

 やめた。

 昨日初めて話したばかりだ。

 何でも聞いていいわけじゃない。

「じゃあさ」

「うん?」

「またおすすめ教えてよ」

 亜美が群司を見る。

「また?」

「うん」

「……またここに来るの?」

「ダメ?」

 亜美は少し黙った。

 屋上は。

 一人になる場所だった。

 誰にも邪魔されない場所。

 自分だけの場所。

 今までは。

 そうだった。

「…………」

 でも。

 今日。

 群司が来ても。

 嫌ではなかった。

 イヤホンを外したままでも。

 落ち着かなかったわけではない。

 むしろ。

 少しだけ。

 楽しかった。

「……別にいいけど」

「マジ?」

「うん」

「じゃあ来る」

 群司は、何でもないことのように言った。

 亜美は少しだけ不思議に思う。

 今日ここへ来たのも、たまたまだと思っていた。

 いつも友達に囲まれている群司が、わざわざ一人で屋上まで来たことも。

 一緒に昼ご飯を食べたことも。

 今日だけのことだと思っていた。

 でも、群司にとってはそうではないらしい。

「……そっか」

「うん」

 それだけ言って、群司は残っていた弁当を食べ始めた。

 亜美も何も言わなかった。

 来ると言われて、困るわけでもない。

 嫌だとも思わない。

 ただ。

 次にここで一人ではない日がある。

 そのことが、少しだけ不思議だった。

 亜美はパンの袋を畳んだ。