忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「そういえば」

 群司が亜美の手元を見る。

「今日は聴かないの?」

「何を?」

「ピアノ」

 亜美は手に持ったイヤホンを見る。

「……群司くんがいるから」

「俺のせい?」

「話しかけるかもしれないでしょ」

「まあ……話しかけるかも」

「だから」

「じゃあ俺、邪魔?」

「…………」

 亜美は少し考えた。

 いつもなら。

 昼休みは一人がいい。

 誰にも話しかけられたくない。

 音楽だけ聴いていたい。

 でも。

「……邪魔ではない」

「お」

「何?」

「いや」

 群司が笑う。

「ちょっと嬉しい」

「どうして?」

「またどうして?」

「だって分からないから」

「邪魔じゃないって言われたら嬉しいだろ」

「そうなの?」

「そうなの」

「……そっか」

 亜美はイヤホンを膝の上に置いた。

 群司がそのイヤホンを見る。

「どんなの聴いてんの?」

「昨日言ったでしょ」

「ピアノなのは覚えてる」

「じゃあ?」

「曲」

「……聴く?」

「いいの?」

 亜美は片方のイヤホンを差し出した。

「はい」

「…………」

 群司が固まる。

「何?」

「いや」

 差し出されたイヤホン。

 そして。

 亜美の耳には、もう片方。

 これ。

 結構。

 近くならないと無理じゃない?

「聴かないの?」

「聴く」

 群司はイヤホンを受け取った。

 耳に入れる。

 当然。

 コードの長さには限界がある。

 さっきまでより。

 少しだけ亜美の近くへ座る。

「…………」

「…………」

 近い。

 群司は急に意識した。

 風に揺れた亜美の髪が。

 腕に触れそうになる。

 石鹸なのか。

 シャンプーなのか。

 微かに甘い匂いがした。

 ――何考えてんだ俺。

「流すね」

「うん」

 ピアノが流れ始めた。

 群司は目を瞬いた。

「……お」

「何?」

「思ったよりすごい」

「すごい?」

「もっと静かなやつかと思った」

 亜美が少し笑う。

「静かな曲も聴くよ」

「これ、結構激しいな」

「うん」

「こういうの好きなの?」

「好き」

「意外」

「……またそれ」

「ごめん」

「私、そんなに大人しそう?」

「大人しそうっていうか」

 群司は考える。

「静か」

「同じじゃない?」

「違う」

「どう違うの?」

「…………」

 群司は亜美を見る。

 静か。

 確かにそうだ。

 でも。

 昨日少し話して分かった。

 何も考えていないわけではない。

 むしろ。

 たくさん考えている。

 言わないだけ。

「亜美さんってさ」

「うん」

「喋らないんじゃなくて、喋ること選んでる感じする」

「…………」

 亜美が瞬きをした。

「何それ」

「分かんない」

「群司くんが言ったんでしょ」

「今思った」

「変なの」

「また言った」

「だって変」

 ピアノが続いている。

 二人で。

 同じ曲を聴く。

 亜美は。

 ふと思い出した。

 あの人。

 大学の部室で。

 自分だけに演奏を聴かせてくれた人。

 あのときは。

 音に惹かれた。

 弾いている姿から目を離せなかった。

 今も。

 あの人が好き。

 もう一度会いたい。

 その気持ちは変わらない。

 でも。

 今。

 隣で聴いている人がいる。

「…………」

 少しだけ。

 不思議だった。

 一人で聴くのとは違う。

 いつもとは、違って聞こえる。