忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 屋上の扉が開いた。

 亜美は気づかなかった。

 イヤホンをしている。

 ピアノの音に包まれながら。

 一人でパンを食べていた。

 群司は扉の前で止まった。

「……いた」

 思わず声が漏れる。

 いつもの場所。

 風に揺れる黒髪。

 膝の上にパン。

 イヤホン。

 今までにも何度か見た姿だった。

 ただ。

 昨日までとは違う。

 もう。

 名前だけ知っている人ではない。

 声を知っている。

 話し方も。

 笑った顔も。

 少しだけ。

 知っている。

 群司は亜美へ近づいた。

「亜美さん」

 反応がない。

「…………」

 そりゃそうか。

 イヤホン。

 群司は少し考えてから、亜美の正面へ回った。

「!」

 亜美の肩が大きく跳ねた。

「あ、ごめん!」

 慌てて群司が両手を上げる。

 亜美がイヤホンを外した。

「……びっくりした」

「ごめん。呼んだんだけど」

「聞こえなかった」

「だよな」

 群司が笑う。

 亜美は目の前に立つ群司を見る。

「……どうしたの?」

「え?」

「屋上」

「ああ」

 聞かれて。

 群司は少し困った。

 大丈夫か気になって。

 そう言えばいい。

 でも。

 それを言うのは。

 何となく恥ずかしかった。

「飯」

 群司は弁当を見せた。

「ここで食おうかなって」

「……友達は?」

「教室」

「一人で来たの?」

「うん」

「どうして?」

「…………」

 昨日も思ったけど。

 この子。

 意外と聞くな。

「外で食いたくなった」

「そうなんだ」

「うん」

 亜美はそれ以上聞かなかった。

 群司は少しだけ拍子抜けする。

 そして。

 亜美から少し離れたところに座った。

「…………」

「…………」

 風の音。

 遠くから聞こえる運動部の声。

 それだけ。

 群司は弁当を開く。

 亜美はイヤホンを手に持ったまま。

 耳には戻さなかった。

「…………」

「…………」

 気まずい。

 群司は思った。

 教室なら。

 自分から話さなくても誰かが喋る。

 黙っている時間なんて、ほとんどない。

 でも。

 亜美は何も話さない。

 そして。

 別に困っているようにも見えない。

「……亜美さん」

「何?」

「いつもこんな感じ?」

「こんな感じ?」

「屋上」

「うん」

「一人で?」

「うん」

「寂しくない?」

 亜美は少し考えた。

「……分からない」

「分からない?」

「一人に慣れてるから」

「…………」

 群司は何も言えなくなった。

 その言葉を。

 軽く返してはいけない気がした。

「そっか」

「うん」

 亜美はパンを一口食べた。

 群司も弁当を食べる。

 また沈黙。

 でも。

 今度は。

 さっきより少しだけ、気まずくなかった。

「……昨日」

 群司が口を開いた。

 亜美が見る。

「ロッカー、大丈夫だった?」

「うん」

「今日何もされてない?」

「…………」

 亜美の指が止まった。

「……何もない」

「そっか」

 群司の声が。

 少しだけ安心したように聞こえた。

「それ聞きに来たの?」

「え?」

「昨日のこと」

「いや」

 群司はすぐに否定した。

「違うけど」

「…………」

「……ちょっとは気になってたけど」

 亜美が群司を見る。

「どうして?」

「どうしてって……」

 またそれだ。

 昨日も聞かれた。

『どうして?』

 群司は少し考えた。

「昨日見ちゃったから」

「見ちゃった?」

「困ってんの」

「…………」

「見たら気になるじゃん」

「そういうもの?」

「俺は」

 群司は答えた。

「気になる」

「…………」

 亜美は視線を落とした。

 不思議だった。

 丈とは違う。

 丈は。

 自分が話せば聞いてくれる。

 何を話しても。

 最後まで。

 嫌な顔をしないで。

 亜美が何に困っているのかを、一緒に考えてくれる。

 だから。

 何かあると丈に話したくなる。

 でも。

 群司は。

 何も話していないのに。

 勝手に気づいて。

 勝手に気にして。

 勝手に屋上まで来た。

「……やっぱり変」

「また?」

「うん」

「俺、昨日から変な人で固定されてない?」

「たぶん」

「たぶんって」

 群司が笑う。

 その声につられて。

 亜美も少しだけ笑った。

 群司がそれを見る。

 また。

 胸が鳴る。

「…………」

 昨日と同じ。

 笑った。

 それだけで。

 何か嬉しい。