忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

 放課後。

 亜美は一人で帰り支度をしていた。

 濡れた教科書を見る。

 端が波打っている。

 ノートも、ところどころ文字が滲んでいた。

「……最悪」

 小さく呟く。

 その瞬間。

 ふと。

 群司の顔を思い出した。

『ノートは……ちょっと厳しいか』

『あ、ごめん。余計落ち込ませた?』

「…………」

 少しだけ。

 笑ってしまった。

 今日。

 嫌なことがあった。

 怖かった。

 悲しかった。

 どうして自分が、と思った。

 塾へ行ったら。

 丈に話そう。

 きっと全部聞いてくれる。

 今日あったことも。

 自分がどう思ったのかも。

 先生には話せる。

 でも。

 今日の出来事を思い返したとき。

 濡れたロッカーより先に。

 笑っていた女子たちを見た群司の顔が浮かんだ。

『こういうの見て笑えるの、俺は普通に嫌い』

 怒鳴らなかった。

 誰かを犯人だと決めつけることもしなかった。

 ただ。

 自分が嫌だと思ったことを。

 そのまま口にした。

 そして。

 何事もなかったみたいに白いタオルを持って戻ってきた。

『じゃあ一緒にやろ』

 当たり前みたいに言った。

 頼んでもいないのに。

 勝手に助けて。

 勝手に手伝って。

 それなのに。

 嫌ではなかった。

「……変な人」

 また呟く。

 群司くん。

 今日。

 初めて話した。

 いつも友達に囲まれていて。

 明るくて。

 少し馴れ馴れしくて。

 変な人。

 でも。

 優しかった。

 亜美は鞄を肩に掛けた。

 まだ少し湿っている。

 教科書だって元には戻らない。

 明日学校へ来るのが怖くなくなったわけでもない。

 それでも。

 教室を出る足は。

 朝よりも。

 ほんの少しだけ、軽かった。