忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「こんなもんかな」

 しばらくして。

 群司が立ち上がった。

 ロッカーの水気もだいぶ取れた。

 鞄はまだ湿っている。

 教科書も完全には元に戻らない。

 それでも。

 さっきよりはずっとましだった。

「ありがとう」

「ん」

「タオル、私が返す」

「俺が返すよ」

「でも」

「俺が借りたし」

「……じゃあ、お願い」

「はいよ」

 群司がタオルをまとめる。

「ありがとう」

「今日二回目」

「え?」

「ありがとう」

「…………」

「めっちゃ言うじゃん」

「じゃあ、もう言わない」

「いや、そこは言って」

「どっち?」

「言ってほしい」

「変」

「またそれ?」

 群司が笑った。

 亜美も。

 今度はさっきより少しだけ。

 はっきり笑った。

「…………」

 群司の胸が。

 どくん、と鳴った。

 一瞬。

 何が起きたのか分からなかった。

 ただ。

 目を逸らせなかった。

 屋上で遠くから見ていたときとは違う。

 静かで。

 少し近寄りがたくて。

 いつも一人でいる女の子。

 そんな印象しかなかった。

 でも。

 目の前にいる亜美は。

 少し変なことを言う。

 意外とちゃんと返してくる。

 それから。

 笑うと。

 ――可愛い。

 そう思った。

「群司くん?」

「え?」

「どうしたの?」

「いや」

 群司は咄嗟に目を逸らした。

「何でもない」

「……そう」

 亜美はそれ以上聞かなかった。

「じゃあ、俺これ返してくる」

「うん」

 数歩進んで。

 群司は止まった。

 振り返る。

「亜美さん」

「何?」

「…………」

 また何かあったら。

 そう言おうとした。

 でも。

 今日初めて話したばかりだ。

 別のクラス。

 連絡先も知らない。

 何かあったら俺に言え。

 なんて。

 少し変な気がした。

「……いや」

「?」

「何でもない」

「今日それ二回目」

「え?」

「何でもない」

「数えてたの?」

「うん」

「細か」

「群司くんが変だから」

「また変って言った」

「三回目?」

「そこも数えてんの?」

 亜美が笑った。

「じゃあな」

「うん」

 群司も笑って。

 今度こそ歩き出した。