忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

「亜美ちゃん」

「はい」

 幸也が足を止めた。

「明日、研究あるから遅くなるかも」

「そうなんですね」

「でも終わったら連絡する」

「はい」

「部室来れそうなら来れば?」

「行きたいです」

「じゃあ来てよ」

「……はい」

 亜美が笑う。

 幸也がその顔を見る。

「何ですか?」

「いや」

「…………」

「嬉しそうだなって」

「だって嬉しいです」

「そっか」

 繋いだ手が引かれた。

「……っ」

 亜美の身体が幸也の近くへ寄る。

「幸也さん?」

「何?」

「近いです……」

「嫌?」

「…………」

 亜美は小さく首を振った。

 幸也の口元が緩む。

 そのまま。

 額に。

 軽く唇が触れた。

「…………」

 離れたと思ったのに。

 幸也はまだ近くにいる。

「亜美ちゃん」

「……はい」

「目、閉じてたね」

「…………!」

 亜美が慌てて離れようとする。

 でも。

 繋いだ手を幸也が離さない。

「ちょっと……」

「何」

「今のは忘れてください」

「無理」

「何でですか」

「可愛かったから」

「…………」

 言葉がなくなった。

「亜美ちゃん?」

「もう喋らないです……」

「何それ」

 幸也が笑う。

 亜美は顔を上げられない。

 そのまま歩き出そうとすると。

 繋いだ手を引かれた。

「……?」

「亜美ちゃん」

「はい……」

「こっち見て」

「嫌です」

「何で」

「恥ずかしいからです」

「じゃあいいや」

「…………?」

 諦めたのかと思った。

 けれど。

 次の瞬間。

 幸也が少し屈んで。

 俯いている亜美の顔を覗き込んだ。

「…………!」

「見えた」

「幸也さん……!」

「やっぱ赤い」

「もう……!」

 亜美が顔を背ける。

 幸也は笑いながら。

 繋いだ手を、自分のコートのポケットへ入れた。

「…………」

 亜美の手も一緒に。

「……幸也さん?」

「寒いでしょ」

「…………」

「行こ」

「……はい」

 幸也はそのまま歩き出す。

 ポケットの中。

 繋いだ手は離れない。

 亜美は隣を歩きながら。

 こっそり幸也を見上げた。

 好きだった。

 ずっと。

 遠くから見ているだけでも。

 演奏を聴けるだけでもよかった人。

 今は。

 自分を待っていてくれる。

 会いたいと言ってくれる。

 手を繋いでくれる。

「…………」

 夢みたい。

 そう思って。

 亜美はポケットの中で。

 幸也の手を少しだけ握った。

 すぐに。

 幸也も握り返した。